【中島輝士 怪物テルシー物語(86)】私が2014年からお世話になった四国アイランドリーグplusという野球の世界。その昔、独立リーグというものが始まった頃は世間での認知度も低く「どうせプロに行けなかった選手が来るところでしょ」というようなイメージがあったことは事実です。
ですが、長い歴史を積み重ねていく間に時代は確実に変わってきています。その時代を変えてきた一翼を担ってきたのは四国リーグでもあり、徳島でもあると私は思っています。前回の当欄でも書きましたが、25年ドラフトでついに徳島から13年連続でドラフト指名が続くというリアルな現実があります。
ここ最近では球団創設20年目の24年、前期で7割7分4厘、後期で史上最高となる8割という勝率を残したシーズンに阪神から育成1位指名された工藤泰成投手が注目されましたね。入団1年目の25年3月に支配下登録されるとそのまま開幕一軍入り。シーズン中に最速161キロの直球を投げ、話題をさらいました。
プロ、NPBへの最短ルートという徳島のイメージ。今ではもう徳島への入団もなかなかにハードルが高いようです。トライアウトなどもあるにはあるけど、入団志望の選手が多過ぎてという状況だとか。
球団オーナー兼GMを務める荒井健司氏はアイデアマンでクラウドファンディングなど、いろいろな試みにチャレンジしています。韓国リーグKBOに選手をレンタルして派遣する仕組みも利用して、報酬から球団にも収入が入る仕組みなど、資金確保に努めています。私がコーチ、監督として在籍した時代にもいろいろありましたから、今でも仲良くさせてもらってます。
監督になった15年、16年の6月には「四国ILpオールスターズ」という選抜チームを率いて北米遠征に監督として帯同したことも印象的でした。15年は6月7日に日本を出発して米ミネソタ州セントポールで事前合宿。そこから同月12日から28日までの17日間で北米独立リーグ「Can―Am(キャンナム)リーグ」の全6球団と計17試合の強行軍です。
選抜メンバーは香川、愛媛、徳島、高知の4球団から29人が選ばれ、当時は52歳だった私がチームを率いました。監督は「徳島・中島輝士監督」に決まった――ということです。
米国とカナダの計7都市をバスで転戦するのですが、最大で10時間ほどのバス移動もありました。キャンナム・リーグはMLB傘下のマイナーでいうと2A程度の実力だといわれています。メジャーリーガーも輩出している登竜門のようなリーグです。
17試合の予定が最終戦のオタワ・チャンピオンズ戦(カナダ・オンタリオ州)が雨天中止となり、結果は6勝10敗と負け越しました。この試合は同リーグの公式戦に組み込まれていますし、相手も真剣です。16試合で前半の米国では3勝7敗、後半のカナダでは3勝3敗でした。わずか3週間の遠征でしたが、独立リーグでプレーしている若者にとっては素晴らしい機会だったと思います。私にもいい経験となりました。












