【中島輝士 怪物テルシー物語(87)】台湾から帰国した後の2014年、私は四国独立リーグの徳島の指導者として活動していました。14年は日本ハムの後輩でもある島田直也監督率いるチームのコーチとして攻撃面をサポート。翌15年には島田監督がNPBのDeNAの投手コーチとして“栄転”していったこともあり、私が後任の監督に任命されました。
前回は15年の北米遠征について触れましたが、16年も継続して徳島の監督を務めさせていただき、6月の四国リーグ選抜の北米遠征にも2年連続で監督として帯同させてもらうことになりました。前年は17日間で17試合を戦い、16年は6月9日から7月2日までの24日間に20試合。北米大陸の1350キロ以上をバスで移動しながら戦い抜く過酷な旅となりました。
その期間中には北米の少年野球チームを対象とした野球教室や、現地の日本人会などの交流イベントもありました。現地で生活する人々の自宅にホームステイし、四国地方の魅力をアピールするという企画も実施されました。野球だけではなく、若い力で四国への地域貢献、インバウンド貢献につながるよう設計された有意義な遠征だったと思います。
四国リーグはスポンサー料、入場収入、グッズ収入に加えて選手がNPBに入団した際に発生する移籍金(契約金)の一部が主な収入源です。リーグの存在意義などを含め、いろんな人々が知恵を絞り野球文化の発展に一生懸命になってくれている。私は独立リーグでの3年間で濃厚かつ貴重な経験をしたと実感しています。トライアウトでもサンフランシスコ、フロリダ、シンガポール、カナダなど海外での活動も活発でした。
日本で独立リーグをやるからにはNPBに選手を輩出しないといけない。現在はプロ野球を目指すための進路として、独立リーグという選択肢もある時代になったと思います。NPBからもそういう目で見られていると思います。また、本気でプロを目指す選手が集まることで、リーグ自体の活性化にもつながっているはずです。
NPBのスカウトだって独立リーグに関しては四国とBCリーグなどに担当スカウトを配置する時代にもなっています。行く球団がないからではなく、独立リーグを目指す時代。プロに入るなら大学、社会人に行くよりも独立リーグという人も増えている印象です。
そういえば、15年の北米遠征メンバー29人の中から6人がNPBの球団にドラフト指名されたのですが、その中に私が指揮していた徳島の選手も含まれています。その名前は増田大輝。徳島から巨人入りしたスピードのある内野手です。
増田は徳島の小松島高から近大に進みましたが、2年次に中退。一度は地元に帰り現場作業の職に就くも、四国リーグのトライアウトを受けて徳島の一員になりました。それが13年の出来事です。14年には新人ながら二塁の定位置をつかみ独立リーグ日本一に貢献。15年の四国リーグ選抜、北米遠征メンバーにも選出され、その秋には巨人から育成1巡目でドラフト指名を受けました。
次回は、そこに至るエピソードなどをお話しさせていただきます。












