【中島輝士 怪物テルシー物語(84)】時間は前後してしまいますが、台湾野球とのつながりでいうと元中日で活躍された郭源治さんの双子の息子の長男、佳久耀(かく・よう)のことを思い出しますね。彼は源治さんがNPBでプレーしている時代に生まれていますから、日本生まれ日本育ち。当然、日本語でコミュニケーションを取ることが可能です。

 もう令和の時代ですのでまず、郭源治さんのことを説明しておきます。源治さんは台湾で学生時代を過ごし大学卒業後は兵役で陸軍に入隊。当然ながら身体能力が高く特殊部隊に配属されていたとのことです。兵役後に来日し1981年からNPBの中日と契約。そこから投手として一時代を築きました。

 80年代前半から90年代半ばにかけて先発、抑えにフル回転の活躍で106勝、116セーブと申し分のない成績を残しています。日本人の奥さまと結婚して先ほど紹介した双子の耀と次男の佳久創(かく・そう)が生まれたわけですが、2人ともにスポーツの才能に恵まれました。

 耀は南山大(愛知大学リーグ)で投手として活躍し、卒業後は私が指揮を執っていた台湾の統一の選手として入団してきました。一軍の戦力として活躍する機会はありませんでしたが、縁あって同じチームで一緒に戦った仲間となりました。

 投手コーチには元広島の紀藤真琴もいましたし、通訳を含めて複数名は日本語の通じる人材がいましたから、耀も心強かったんじゃないでしょうか。

 その後は台湾の社会人チームの合作金庫に練習生として所属。日本に帰国してからは、名古屋名物みそかつの老舗「矢場とん」が結成した硬式野球部「矢場とんブースターズ」の一員にもなっています。同チームは15年4月に日本野球連盟から承認されたクラブチームで、耀は元社会人野球選手でもあります。

 さらに、弟の創が変わり種なんです。明大時代には7人制ラグビーの日本代表にも選抜され、卒業後はトヨタ自動車ヴェルブリッツに入団して2シーズンプレーしています。ただ、大学時代のけがの影響が大きかったようで、現役時代は長くはありませんでした。

 ラグビーを引退した後は何と俳優に転身。ラグビーを題材にしたテレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」では大泉洋さんと共演してましたよね。スーパー戦隊シリーズの「王様戦隊キングオージャー」にも出演して、子供やお母さん世代からも人気を博していました。

 そういえば、お父さんの源治さんは94年5月21日の阪神戦で抜けたボールがロブ・ディアーの側頭部に当たり、危険球のルール適用第1号となり退場した投手でもありますね。96年には中日を退団し台湾球界に移籍。統一と契約していますので、私からすればチームの先輩ということにもなります。97年3月18日、ナゴヤドームのこけら落としとなったオリックスとのオープン戦は源治さんのNPB引退試合として開催されました。

 最後の登板は先発で1番・イチローを中飛に打ち取りました。日本と台湾で19シーズンにわたって野球に貢献した源治さん。42歳だった99年にはシドニー五輪のアジア最終予選に台湾代表として出場しています。2019年には台湾の野球殿堂にあたる台湾棒球名人堂に選出されています。