2003年はU―30だけでなくタッグ戦線でも活躍できた1年でした。6月13日の日本武道館大会では吉江(豊)さんと組んでIWGPタッグ王座を初戴冠しました。まだタッグマッチの経験値が少なかったので、完全に吉江さんに頼ってました。俺が試合をかき乱して、捕まっても吉江さんが逆転して…みたいなチームとしての形がありましたね。
さらに11月30日には永田(裕志)さんとノアの札幌大会に乗り込んで、小橋(建太)さん、本田(多聞)さんからGHCタッグ王座を取りました。パートナーに抜てきされた格好で、たぶん人材不足だったんでしょうね。でも永田さんはとにかく頼もしかったです。本格的なアウェーっていうのは、ここで初めて経験したのかな…。当時のノアファンは熱量が高かったので、海外遠征に来てるような感覚でした。
この試合がキャリアの中で小橋さんと最初で最後の対戦だったんですよ。チョップを受けたかったので、普段使わないチョップをこっちから打って。やられながらも興奮しましたよ。「これが小橋さんのチョップか」と。自分の中で小橋さんは武藤(敬司)さんと並んでファン時代のアイドルなので、この試合は宝物ですね。
それぞれ違うパートナーでタッグ2冠王者になったことで「二股王者」なんて言われてた記憶がありますね。ただ全然嫌じゃなくて、むしろ注目されましたし、あちこちにタイトルマッチで行けて、すごくうれしかったです。
GHCタッグは04年1月10日のノア日本武道館大会で三沢(光晴)さん、小川(良成)さんに負けて失ってしまいました。これもキャリアの最初で最後の三沢さんとの試合で小橋さんの時と一緒で自分からエルボーを打ちに行きました(笑い)。三沢さんのエルボーはね、マジで効きましたね…。打ち方が違うのかな?と思いながらガーンと脳に衝撃が来たのを鮮明に覚えてます。こっちは血気盛んに行ってるんですよ、若いので。でもあれをもらったら「三沢のエルボーやべえ」って、ファンみたいな感想になっちゃいましたね。
一度きりとはいえ、当時の小橋さんや三沢さんと肌を合わせられたGHCタッグの経験は本当に大きいし、財産ですね。戦いたくても戦えない選手がいる中で、あの2人に触れることができたので。こういう経験があるからこそ、俺もファイナルロードで若い選手たちと「絶対1回は試合してあげたいな」と思ったんです。
彼らの中に棚橋との対戦経験が残っていてほしいなと。戦ったことがあるというのが、財産になるといいなって。自分がそうだったように、今の選手にもそうなってくれたらうれしいです。













