巨人・長野久義外野手(40)が14日、今季限りでの現役引退を発表した。都内で開かれた会見には総勢53人もの選手、スタッフが駆け付けたなか、一時代を築いたスターはさわやかな笑顔をふりまき、選手生活に別れを告げた。
巨人の7番で選手人生を終えることができた長野に、記者も会見場の隅から静かに拍手を送った。伝統球団の長い歴史上、通算12年に渡って背番号7を背負ったのは長野が最長となる。
ジャイアンツ愛という言葉では片付けられない波乱万丈の野球人生。プロ入り前、2度のドラフト拒否は避けられない決断だった。広島への移籍も意志とは異なる力学から。引退試合もなかった。常に周囲を思い、自分のことは脇に置いて歩んできた長野だが、最後までこだわりと誇りを持って背負っていたのが巨人の7番だった。
ただ、そこにも実は危機があった。4年を過ごした広島から無償トレードで帰還が決まった22年オフ、巨人が用意した番号は慣れ親しんだ「7」ではなかった。
巨人にとってはアクシデントともいえる長野の広島移籍後、球団は4年間、7番を空位としていた。それならば、古巣へ戻った長野が7番を望むのは自然の流れ。ところが、提示されたのは縁もゆかりもない二ケタの番号だったのだ。
期待のドラフト1位ルーキー・浅野の加入など理由はいくつかあったのだが、これには長野も珍しく戸惑いを隠せなかった。結果的に浅野は51番を選び、G党の熱烈な後押しがあって7番に復帰した。「7番で戻れることになりました。ファンの皆さんに本当に感謝です」。あの時のホッとした声と表情が忘れられない。
わがままを言わない男のわがままが詰まった背番号7。12年間背負った巨人の一桁番号には、長野の矜持と誇りが詰まっていた。
さて、そんな重い番号を次は誰が背負うのか――。「実はね、背負ってほしい選手がいるんです。僕はね、選手を見る目があるんですよ。必ずやってくれると思いますよ」
記者は長野と〝巨人同期〟。格好良かった「背番号7」を長らく追いかけることができて幸せだった。ありがとう、チョーさん。新時代の7番に期待しよう。
(2010~18年巨人、19年広島担当・堀江祥天)












