【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(23)】1995年7月、LLPWは女子初の総合格闘技大会「L―1」を駒沢体育館で開催した。優勝賞金は2万ドル(当時約220万円)。会社の持ち出しだけど、自分が優勝するつもりだからカネは戻ると確信。必死に練習した。でも大会直前にヒザをひねって靱帯を伸ばし、試合当日は痛み止めをガンガン注射した。

 大会は第1試合で全日本女子プロレスの堀田祐美子がLLPWの遠藤美月をヘッドバットで流血させTKO勝ち。史上初の女子アルティメット大会らしい幕開けとなった。私も初戦で中国拳法の猛者に42秒裸絞めで勝利。2回戦もキック・ボクシングの世界王者に56秒裸絞めで勝ち、決勝で柔道の72キロ超級欧州女王グンダレンコ・スベトラーナ(ロシア)と対戦した。

 グンダレンコは身長195センチ、体重は145キロ。当初より25キロもサバを読んでいた。とにかくデカい。しかもオクタゴンの金網は経費をケチって、本来の広さよりちょっと狭いのを借りたんだ。これが完全に裏目に出た。キックや関節技を繰り出すが、あっという間に金網に突き飛ばされた。あの肉弾で金網に押しつぶされ、動けず、逃げられない。5分55秒、肩固め。人生で初めての屈辱的なギブアップ負け。自分で認めての負けって許せないんだよ。ああ、話してる今でも悔しさが込み上げてくるよ。

体格差のあるグンダレンコ(右)と戦う神取(95年7月)
体格差のあるグンダレンコ(右)と戦う神取(95年7月)

 試合後2か月は悔しくて本当に何もできず、謎の微熱が続いた。主催者側としてもマイナスばかり。選手招聘でやたらカネがかかり、チケットも苦戦。優勝賞金も取られた。借金は膨れ上がりダブルパンチどころじゃない痛みを背負った。勝算が取れないイベントはやっちゃだめと気付くわけ。なのに、このままじゃ絶対に終われないって、98年10月に第2回大会を開催しちゃうんだよ。しかも両国国技館で。

 グンダレンコにリベンジするため、練習相手をお願いしたのが大相撲の元横綱でプロレス、格闘技界で活躍した北尾光司さん。第1回大会の時、190センチをイメージしてたのに、実物と対峙してたら全然違って「デカい」と思ってしまった。これは同じ大きさの人と練習しないといけないと思ったんだ。投げで巻き込まれたら絶対にアウトだから、北尾さんを相手に投げられないように体を切り返すとか、ひたすら練習した。

 3年かけてルールも考え、逃げ場のない金網ケージはやめてロープにした。試合当日。グンダレンコにフロントチョークスリーパーを決めて勝利。やっとリベンジできた。2000年には第3回大会も開催。この話はまた後日にお話ししたい。

 今でこそ女子総合格闘技は一般的だけど、あの時はちょっと早過ぎたかな。ただ、失敗もしたけど、学んだことは大きかったと思う。