【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(18)】1992年1月にジャパン女子プロレスが解散となり、風間ルミたちと新団体を立ち上げることを決めた。どうしたら団体が起こせるのか知識はないし、リングを買うカネすらない。気持ちだけが原動力だった。

神取忍は旗揚げに向けて滝行も(92年8月)
神取忍は旗揚げに向けて滝行も(92年8月)

 まずはスポンサー探しに奔走した。応援してくれる人たちのところに自分たちで足を運んだ。ただ当時はバブル経済の崩壊が始まって、どこも困っていたんだよ。バブルのころは景気が良くて「いくらでも応援するから」と言ってくれた人とも連絡が取れなくなっていた。事務所も、たまたま手伝ってくれていた人のオフィスを間借り。ワンルームの半分。そんなスタートだったんだ。

 ある時、スポンサーが現れた。「1000万円を用意してくれる」という。「これはすごい!」と喜んで、その社長さんを紹介してくれた人と風間があいさつに行った。すぐに現金1000万円を渡してくれて、風間から「ちゃんと受け取ったよ、良かった。何とかなるね」と連絡が来て一安心…と思ったら、とんでもない。翌朝、風間から「お金と紹介者がいない!」と連絡が。なんでも紹介者が「部屋に置いておくと危ないから、とりあえず僕が持っているよ」と預かって消えてしまったんだ。

「えええ! どこいったんだよ!」って探しても時遅し。連絡が取れない。現金持ち逃げだよ。もう力が抜けたよね。初めから詐欺だったんだ。怒りたくても相手すらいない。社長さんには謝りに行った。

 会社を登記するためには1000万円が入った通帳が必要。一から出直して「すぐに返すから」となんとか資金をかき集めて登記した。プロレス団体なら当然、旗揚げ戦は後楽園ホールでやりたい。道場もリングもないのに8月29日の後楽園を押さえちゃったんだ。すごいよね。次はリング。ここでもまた、だまされてね。600万円くらいの中古のリングを買ったんだ。これが力道山時代の古いやつで、リングの高さが男子用。バネも痛いし、弾まない。後で聞いたら格安の代物。完全にぼられていた。

 敷金礼金を払うカネもないからリングを置く道場もなかった。すると芝浦の「ゴールド」というディスコをやってる知人が「昼間だったら空いてるから使っていいよ」と申し出てくれた。ありがたくリングを置いたはいいが、午前に来てリングを設営して練習し、午後に片づけないといけない。リング屋さんじゃないから、うまく中央に置けず何度もやり直した。

 とんでもない重労働を見かねたオーナーが「外のスペースに置いていい」と。雨よけの屋根も自分たちでつくった。やる気があればなんでもできる。わくわくする気持ちもあったよね。とにかく旗揚げに向け頑張った。