【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(16)】1987年7月、ジャパン女子の看板選手で元ビューティ・ペアのジャッキー佐藤さんをリング上で殴り、締めてダメージを負わせ、団体やプロモーターを激怒させた。「これからどうしようか」と思いあぐねていたところ、友人から連絡があった。経緯を知り「高飛びしたら?」と言う。米ニューヨーク行きの格安航空券があるそう。「行ってしまえ!」と気分を変えるためにニューヨークへと飛んだ。
地図もなければ観光ガイドもない。本当に無計画のまま街をぶらついた。しばらくして食費も尽きてきてね。当てもなくうろうろしてたら柔道着を肩にかついだ子供たちが歩いていた。気になって後をついていくと柔道教室があった。たまたま、そこの指導者が国際大会で私の試合を見ていたそう。「うちに泊まれよ」と歓迎してくれ、皿洗いのアルバイトまで探してくれた。すっかりリフレッシュできた。
一方、東京は大騒ぎだったそうだ。「神取はジャッキーをボコボコにし失踪して行方不明」と書かれている、と。格安航空券だから一度帰国しなくてはいけないのに困ったことになった。こっそり帰って北海道の友人のところに逃げた。そこでは商売なんかもやってね。結構長期間いたんだ。
完全にプロレスと切り離された逃亡生活の中で自分とリングをつなぎとめてくれた人がいた。のちに「プロレス少女伝説」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞する井田真木子さん。雑誌「デラックスプロレス」のライターで、まったく試合にも出ていないのにインタビュー連載をしてくれた。こんな人間いないから面白かったんだろう。デビューのころから気にかけてくれた。井田さんのインタビューがなかったら、今もプロレスをしていないだろう。ある意味、恩人なんだ。
そして事細かにジャッキーさんとの一戦について聞かれ「考えていたのは相手(ジャッキーさん)の心を折ること」という言葉を引き出してくれて「プロレス少女伝説」に記された。今みなさんが普通に使っている「心を折る」は、私が最初なんだ。敵も多いけど「頑張れ」と応援してくれる人もいた。井田さんはもうこの世にいないけれど、感謝している。
そして、藤原喜明さんにも、心の支えになってもらっていた。デビューしたころから関節技の練習をさせてもらっていて、空白の期間も出稽古に行っていた。藤原さんだけはジャッキーさんとの試合について「よくやった」と言ってくれた。理由を知らない9割の人たちは「許せない」「日本の宝を、プロレスを壊した」と批判的だったけど、藤原さんだけは理解してくれた。
リングから遠ざかっている間も、復帰への動きはあったんだ。












