【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(15)】1987年7月18日、神奈川・大和車体工業体育館大会、ジャッキー佐藤さんとのシングルマッチ。後に「ケンカマッチ」と言われた試合だ。頃合いを見て、顔面を殴りつけた。ジャッキーさんがびびったらやめるつもりでいたけど、やり返してきた。上等だよね。足払いで倒して馬乗りになり、パンチを連打した。そしてじっくりと胸の上を押した。呼吸ができなくなるんだ。逃げられないようアームロックも決めた。
ジャッキーさんがどんな練習を積んできたか分からないけど、地獄だったと思う。柔道で落とすというのがあるけど、落とされたら楽。落とされるギリギリのところは本当に苦しいんだ。死の恐怖もあったかもしれない。ただ中途半端なことはできなかった。ボコボコにして終わるだけなら簡単。でも相手にダメージを負わせて、プライドを壊すというか、悔しさを味わわせないとだめだとあの時は思っていた。相手の心を折る、とね。この「心を折る」については、次回お話ししたい。
レフェリーが私のギブアップ勝ちを宣言して試合終了。リングの上には殴られ、顔が変形したジャッキーさんが横たわっていた。後で若手選手たちは私の応援をしていたと聞いたよ。泣き出している子もいた。
試合後は大変だった。控室に連れていかれ「お前は何をやったんだ! ふざけんなこの野郎!」と罵倒。この日はジャッキーさんの後援会長がプロモーターを務める大会だったんだって。後から聞かされて「そんなこと知らねえよ!」だよ。目隠しをされて車で別の場所に連れていかれて監禁状態。何度も同じことで怒鳴られた。結局、団体スタッフが一瞬の隙に「こっちです!」と逃がしてくれた。あのままいたら大変だったと思う。
それでもジャッキーさんに「わびを入れろ」と言われて翌日に出向いたんだ。サングラスとマスクという痛々しい姿のジャッキーさんがいた。関係者に促され、ふてくされた感じで「すみませんでした~」って生意気に言った。で、また「反省の色がない!」と怒られた。約40年がたった今思うと、当時の自分の頭を「このやろ!」って小突いてやりたいよね。分をわきまえろって。今は団体を率いる身。当時と逆の立場だからさ。
ジャッキーさんとはその後、交流はなかったけど、引退してリングを離れても、考案した「ジャムナ体操」とかで活動していたとは聞いていた。でも99年に病で亡くなってしまった。その時、すごく後悔した。「ちゃんと謝っておけばよかった」って。葬儀にも行って後悔が増した。やはり相手が亡くなってしまったらどうにもならないんだ。だからいつも、その時にできる限りのことをしようと思っている。













