【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(11)】柔道を辞めた後、1986年に友人が履歴書を送ってしまった「ジャパン女子」という新プロレス団体に入団することになった。3月、東京スポーツの1面にデカデカと「女子柔道日本一、プロレス入り 神取しのぶ電撃転向」と報じられて、その日に会見した。

神取のプロレス転向を報じた86年3月5日付東スポ1面
神取のプロレス転向を報じた86年3月5日付東スポ1面

 自分はプロレスを軽く見ていたんだろうな。「ダンプ松本なら10秒で倒せる」「クラッシュギャルズ? ありゃただの子供レスラー」とか。全日本女子プロレスのスター選手について言っちゃったんだ。生意気だよね。すぐにヒールになった。実はちょうど84年ロス五輪陸上男子100メートルで金メダルのカール・ルイス(米国)が10秒を切ったことから「10秒」がはやっていたんだ。社長たちによく「10秒で倒せるんだろ?」と言われて「できますよ!」って返していた。ある種の洗脳。怖いもの知らずだから、何でもぶっ潰せるぜっていう心構えだったしね。

 全女の選手やファンにしてみたら「なんだあいつ」「ふざけんじゃねえ」だよね。クラッシュギャルズは大人気。極悪同盟だってファンはいる。そりゃケンカを売ったと反感買うよね。しかもあの当時、世の中全てが敵みたいな顔してたから。柔道時代の仲間にも「神取は人相がやばい。絶対にプロレス行け」って言われていた。結局、この発言の後「この野郎、ふざけんじゃねー!」っていう手紙が驚くほど届いた。

 ジャパン女子は「戦う宝塚」を目指していたんだって。エンターテインメントと格闘技。あの秋元康さんがプロデュースしていて、後にリングネームも秋元さんが考案したんだけど「ええ?」ってのばかり。コマ梅田にミスA、オスカル智にエデン馬渕…。断った選手もいた。自分の候補は「ゴッド神取」。ゴッド姉ちゃんじゃないし、拒否して本名の「神取しのぶ」にした。

 プロレスの練習を始めると柔道とはまったく異なる大変な格闘技だと分かった。新日本プロレスの協力もあって、山本小鉄さんがプロレスの基本を教えてくれた。厳しかったけど、納得がいくからついていけた。今でも覚えているのが「過去は過去」「プロレスは思いやり」「プロレスラーはなめられるな」という言葉。柔道で世界一を目指してきて、プロレスを斜めから見ていた自分には、キーワードだった。

 プロレスで技を受けることを疑問に思うこともあったけど、小鉄さんのおかげで実は柔道も同じだと気が付いた。柔道でも強くなるために練習をするけど、打ち込みでは相手が技を受けてくれるから成り立つ。プロレスにも通じる部分があるんだと腑に落ちた。小鉄さんの教えがなかったらプロレスをなめてかかって別の人生を歩んでいたかもしれない。