【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(9)】1984年、ウィーンで開かれる世界選手権を目指している最中、虫垂炎と血液の病気が発覚した。赤血球が増えてしまうため、傷の治りが遅くなり「競技継続は難しい」と医師から言われてしまった。

 確かに柔道を始めたばかりのころから傷がなかなか治らず、バイ菌が広がって大変だったんだ。あの時は母親が近所のおばあちゃんから「ドクダミ草を煎じて飲ませると血液も変わるから」と聞いてきて、一生懸命煎じるから半信半疑で飲み続けていた。結構効いていたんだけどね。神取忍が血液の病気だったなんて意外でしょ。治った今でも消毒には気を付けているよ。

 病を抱えながら84年の全日本選抜体重別で2連覇して、世界選手権の代表になった。虫垂炎は痛いまま。すっかり慢性になっていた。でも世界選手権があったから、なんとか薬で散らし、練習をしてウィーンに向かった。初戦の相手はフランスのディディエ選手。前回大会で優勝した強豪で優勝候補だ。必死に戦って、リードしたんだけど、投げで勝負に出たら潰されて押さえ込みに入られてしまった。その時は自分の体の半分が線の外に出ていたから、すぐに審判から「場外」の声がかかると思っていた。でも全然「場外」にならないんだ。結局30秒押さえ込まれて負けてしまった。

 試合後に聞いたら、日本のルールでは確かに場外(当時)なんだけど、国際ルールでは違っていた。実は前日のミーティングで説明されてたらしいんだけど、聞いてなかったんだよ。怒られたね。「そんなこと言われても」なんだけどさ。昔から本当にルールを掌握していないの。ルールを学ぶっていうことが今でも課題だよ。悔しかったけど、結局敗者復活戦を勝ち上がって、銅メダルとなった。

 実は、大会の翌月にあった福岡国際女子選手権を最後の大会にしようと決めていたんだ。病気の件もあったし、気持ちの面も以前ほど燃えるものがなくなっていた。覚悟を持って福岡入りしたのに、大会直前に虫垂炎がものすごく痛み出してしまった。病院に運ばれて「このままだと腹膜炎になりますよ」と言われて、もう手術して切るしかない。結局地元に帰って手術をすることになった。福岡国際は欠場。しかも、血液の病気があるから、傷がなかなかふさがらず、何日も入院することになった。

 こっちは腹膜炎寸前で苦しんでいるのに、それを知らないマスコミや関係者はなんだか怒っていてさ。まるでサボったかのように「神取は風邪をひき、体調不十分で休んだ」って書かれたりしたんだ。ヒドいよね。このままでは引き下がれないということで、翌年の福岡国際を最後に今度こそ引退することを決めた。