【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(6)】町道場で柔道を始めたのは中学3年のころ、1979年だったと思う。小学生の男の子にポンポン投げられて、悔しくてがぜんやる気が出てきた。まず受け身から学んで技の基本を覚える。なんだかんだ言って、小学生とまともにできるようになるまで3か月はかかった。
そのころには柔道が面白くなってきて「強くなりたい」って目標ができてきた。もともと力はあったから、そこに技術が加わると女子には簡単に勝ててしまう。高校2年の時、町道場の先生が推薦してくれ、全日本選抜体重別選手権の地区予選に出場した。連戦連勝で本大会出場を決め、81年の第4回大会に出場した。ただし脱色したカーリーヘアでね。怒られたよね、そりゃ。「とんでもないやつだ!」って。
もちろん、試合では優勝するつもりだった。女子選手に負けたことなんてなかったんだから。それが初戦で堅石洋美さんに負けた。投げられたんだ。人生で初めて女性と戦って負けた。今まではケンカでマウント(ポジション)を取ってきたのにさ。悔しくてね。「こんなことじゃだめだ」って痛感したんだ。町道場では小、中学生の男の子を相手に練習していたわけだけど、レベルが全然違う。
全日本クラスでは、今まで週3回だった町道場の練習では絶対に勝てない。そこからとにかくスタミナをつけるために毎日ひたすら走り込んで猛練習をした。次第に筋肉も体つきも変わってきて「よし、次こそは優勝だ」と自信を持って翌年の全日本選抜体重別に出た。決勝まで行ったんだけど、また堅石さんに負けてしまうんだ。高校3年生の時だね。
ただ高校生で全日本2位になったことで卒業の時に実業団から声がかかったり大学から推薦入学の誘いをもらうようになった。でも絶対に嫌だった。あのころから「組織には入りたくない」という気持ちがあった。性に合わないんだ。どれだけお金を出されても嫌だった。「入ったら負け」だよね。大学にも実業団にも入らず一匹狼で柔道を続ける選択をした。
強豪大学に友達がいたから、出稽古にも行った。でもさ「強くなるぞ!」と意欲があるんだけど、やっぱり礼儀知らずのまんまでね。東海大に行った時かな。普通は出稽古に来た選手は全て練習をこなして、最後掃除までして帰るもの。ところが自分の練習が終わったら、さっさと一番風呂に入って掃除もあいさつもせずに帰っていた。
先生が「おい、神取どこだ!」と探すと、仲間が「いませ~ん! 風呂入って帰っちゃいました!」ってやっていたらしい。ひどいよね。今でも「お前だけだよ!」って怒られる。でも、なぜか許してくれてさ、何回か練習させてもらった。人徳だね!












