【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(10)】1985年の福岡国際女子選手権。最後の大会と決めた前年大会を虫垂炎で欠場しており、仕切り直し。本当に最後のつもりで出場した。順調に勝ち上がったのに、もう少しで優勝というところでノーマークの新人に負けて3位。柔道はこれでおしまい。もういいやって。涙なんか一滴も出なかったと思うよ。

クラッシュギャルズの長与千種(左)とライオネス飛鳥(84年8月)
クラッシュギャルズの長与千種(左)とライオネス飛鳥(84年8月)

 柔道歴はたったの6年。柔道女子は88年ソウル五輪で公開種目として実施されることになっていた。もし、正式種目だったら続けていたかもしれない。でも、あのきつい練習を続けることはできなかった。やーめよってね。

 当時は全日本女子プロレスのクラッシュギャルズがすごい人気だったんだ。柔道の仲間から「プロレスやったらいいじゃん」「向いてるよ」なんて言われていた。「絶対やらないよ」と答えていたんだけど、ある日、母親が「あんたプロレスラーになるの?」て聞いてくるんだ。なんでも「ジャパン女子」というプロレス団体から電話が来たらしい。なぜそんなことになるのか家族中が驚いた。思い当たるのは例の柔道の仲間。履歴書を勝手に送ってしまっていたんだ。

 当時は柔道を辞めて道場の手伝いはしていたけど、いわゆる家事手伝いみたいな感じ。女子プロレスがどんなところか、ちょっと会ってみようと思った。相手は芸能畑の社長。共同社長もいたな。「絶対儲かる」とは言われず「税金対策が大変だよ」って言われたんだよ。「柔道だったら投げられても金にならない。でもプロレスでは金になるし税金対策にもなるよ」って。なんだろう、税金対策って。すごく儲かるから対策が必要なのか、と想像しちゃうよね。あと「柔道だと勝ってもただの自己満足だけど、プロレスの場合はみんなに喜んでもらえることもある。投げられても仕事になるんだよ」と言われて。それもそうかと思った。

 それまでどちらかといえばプロレスを斜めから見ていたんだ。クラッシュギャルズを見て「なんで技を受けてるんだよ。投げられてんじゃん」って。そんな見方をしていたら、絶対プロレスラーにならないって頭になるよね。でも、プロレスについて説明を受けて、興味は湧いた。じゃあ3年やってみようかな、という感じで仕事としてプロレスを選ぶ、就職という感じで入団することになった。生意気だったから3年でプロレスのことが分かると思っていたんだよ。軽く見ていたんだ。

 覚悟なんか決めていなかった。当時女子プロレスラーに憧れて、なりたい女の子たちがたくさんいた。「プロレスラーに就職だ」なんて言ったらファンに嫌われる時代。そして案の定、ある発言が今で言う「大炎上」を招いてしまうんだ。