【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(22)】1994年7月、LLPWは東京体育館でのビッグマッチを成功させた。それでも、ここで歩みを止めるつもりはなかった。興味があった分野に進出したんだ。女子総合格闘技だ。
93年11月に米国で第1回「アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ」、通称「アルティメット大会」が開催された。殴ろうが絞めようが、何でもあり。オクタゴンと呼ばれる金網のリングで、あらゆる競技の猛者が集まって、世界一強い男を決めた。優勝したのはホイス・グレイシー(ブラジル)。ジェラルド・ゴルドー(オランダ)やウェイン(ケン)・シャムロック(米国)といった日本でも知られた強豪選手たちの首を絞め落として勝ったものだから、日本でも話題になって、アルティメット大会やグレイシー柔術が大きな注目を集めた。
すぐに映像を手に入れて見てみた。柔道と柔術って全然違うんだ。柔術は相手を殺す術だからね。グレイシーに「すげえな」って驚いてさ。94年の冬に渡米し、大会を見に行った。すごく面白くて、とにかく日本に持ち込んで女子でもやりたいと思った。もちろん、当時は米国でも女子のアルティメット大会なんてない。初めてのことをやるからには最強の選手を集め、世界一の大会にしたいとやる気が出た。
95年7月18日、駒沢体育館で「L―1」を開催することが決まった。主催はLLPW。ムエタイ、キック、柔道など、各競技の世界トップ選手を厳選。日本からは全日本女子プロレスの堀田祐美子、LLPWから遠藤美月と私が出場することになった。
アルティメットで勝つために、知り合いに紹介してもらい、渡米してホイスのところで10日間ほど柔術を学んだ。ホイスはやっぱり組んだ瞬間「違う」っていうのがあった。体の返し方とか「ええ、こんなんでいいの?」って。足首やヒジを持って返しちゃう。ムダな力がなく、簡単で即効性がある。目からうろこ。相手の懐にも簡単に入り込める。今までの苦労はなんだったんだってね。
最初は白帯で行って、現地の紫帯の女子に「お前は私には勝てない」とか言われたんだけど、あっという間にきゅっと絞めて「何だよ、全然弱いじゃん」って。その子は泣いてた。柔術でも自信を持って帰国した。
佐山聡さんらのところへも出向き、新人並みの練習をした。絶対に勝てる、負けるわけがないっていう変な自信があったんだよ。優勝賞金は2万ドル(当時約220万円)。LLPWの持ち出しだけど、社長の風間ルミも絶対私が優勝するから、カネは戻ってくると思っていたんだ。
でも「絶対」という言葉は世の中にはないんだよね。ここで大きな挫折を味わうことになる。













