【平成球界裏面史 近鉄編115】平成20年(2008年)のジェレミー・パウエル投手(近鉄OB)は大混乱の渦中にいた。オリックスとの契約が合意間近とされながら、ソフトバンクがパウエル獲得を発表。2月中はいわゆる「二重契約騒動」でキャンプ参加もままならず、問題の収拾に終始する結果となった。

 キャンプ終了直前の2月27日に根来周泰コミッショナー代行がオリックス、ソフトバンクの双方に対し提出された支配下選手登録申請を不承認と決定。改めてパウエルと合意を取り付けた球団に申請を認めるようパ・リーグ小池会長に要請を行った。

 小池会長もこれに了承。その時点でパウエルが契約を交わす意思を示していたソフトバンクへの入団が事実上確定することとなった。

 さらに根来氏は今回の事件をきっかけに自由契約となった外国人選手との契約についての対策を作ることを実行委員会へ提案。現在は支配下選手登録に際して統一契約書の他に選手本人の意思確認文書が必要となっている。

激怒したオリックス・中村勝広GM(2008年2月)
激怒したオリックス・中村勝広GM(2008年2月)

 結論としてはソフトバンクの主張が実質的に認めら、オリックスは〝敗訴〟という形となった。当時のオリックス・中村勝広GMが「予想外。最悪の結末だ」と激怒したが、コミッショナー代行の判断を受け入れないわけにもいかず、ソフトバンク・パウエルが誕生することとなった。

 ソフトバンクが改めてパウエルの支配下選手登録申請を提出。ようやく3月4日にパウエルは福岡ソフトバンクホークスの一員となった。

 当時、この「二重契約問題」に詳しい弁護士は法的に二重契約であったとしたところで、契約に関してはどちらも有効という見解を示していた。つまりパウエルは履行しなかった側の契約相手、オリックスから損害賠償請求されてもおかしくなかった問題だったと解釈している。ただ、実際にはどちらかの球団に所属して野球をするという落とし所が必要なわけで、訴訟沙汰には発展しなかった。

 一部報道ではオリックスが野球協約上の公示手続きを行っていなかったため、契約が有効ではなかったとの見解もあった。だが、それはあくまでNPBのルール上の問題であり、法的な契約の有効無効とは無関係だった模様だ。

 また、オリックスが示した契約成立を示す証拠物が統一契約書のコピーだったため、原本を保有するソフトバンクが支持されたという見方もあるが、これも違った。そもそも契約というものは意思の合致のみで成立するものであり、契約書はその証明手段に過ぎないからだ。 

二重契約問題で会見した小池パ・リーグ会長(左)と村田事務局長
二重契約問題で会見した小池パ・リーグ会長(左)と村田事務局長

  
 あの頃は連日、主張のズレた論議が交わされたこともあったが、最終的には意思の合意を取り付けたソフトバンクとパウエルが契約を締結する結果となったわけだ。

 それにしても、オリックスは年俸5000万円プラス出来高5500万円という高額契約を合意寸前にまで持ち込みながら、なぜ契約書原本を所持していなかったのか。それを不思議に思っている当時の取材陣は今でも存在する。

福岡空港で迎えの車に乗り込み笑顔のパウエル(2008年3月)
福岡空港で迎えの車に乗り込み笑顔のパウエル(2008年3月)