【赤ペン!】長嶋茂雄さんが亡くなった後、現役時代にドジャースに誘われた逸話がクローズアップされている。
巨人がフロリダ州ベロビーチにあるドジャースの練習施設でキャンプを行った1961年、オルストン監督が長嶋さんにほれ込んで勧誘。63年にオマリー会長が正力松太郎オーナーに長嶋の譲渡を申し入れた。が、大正力がきっぱりと断って、日本人第1号となる可能性もあった「大リーガー・長嶋」は幻に終わった。
長嶋さん自身はドジャースとベロビーチに大変愛着を感じていたようだ。第2次監督時代、「ベロビーチでもう一度キャンプをやりたい」と、こう明かしたことがある。
「ベロビーチは練習施設が素晴らしい。オープン戦も独特の雰囲気でね。フロリダの風を感じながら、いろいろな球場を転戦するんです。あの感じを今の選手たちにも味わわせてやりたいんだ」
残念ながら、長嶋監督のこの希望も実現しなかった。まだネットが発達していなかった90年代、長嶋巨人は親会社の読売新聞にとって最大の拡販材料。渡辺恒雄オーナーとしては、国内の宮崎でキャンプをやらなければならなかったのである。
おかげで宮崎には連日大勢の観客が詰めかけたが、渡辺オーナーはこう吐き捨てていたものだ。
「宮崎にどれだけファンが来ても、読売は(販売部数で)最下位だ!」
そういえば、長嶋さんは61年のベロビーチでも、正力オーナーを怒らせる“事件”を起こしたことがある。同年3月13日、休養日を利用してこっそりマイアミビーチへ足を延ばし、ボクシング世界ヘビー級タイトルマッチを観戦したのだ。
同行したのは藤田元司さんと難波昭二郎さん。朝、国内線でマイアミへ飛び、試合後に夜行バスでトンボ返りするという“弾丸ツアー”だった。
13日午後10時30分、コンベンションホールで行われた世界戦は、王者フロイド・パターソンが挑戦者インゲマル・ヨハンソンを6回KO。ヨハンソンがカウント9で立ち上がろうとした瞬間、あおむけにダウンするという劇的な決着に、リングサイドで見ていた長嶋さんは大興奮していたという。
この観戦日帰り旅行、球団に許可を得ていなかったため、長嶋さん一行は川上監督にこってり油を絞られた。この件を日本で伝え聞いた大正力も「アメリカへ遊びに行かせとるのではないぞ!」と激怒したそうである。
キャンプのルール破りも、今どきの選手とはスケールが違う。さすがミスター、と言うべきか。












