【赤ペン!】長嶋さんをしのぶあまたのコメントの中で、巨人・阿部監督が明かした逸話がとても印象的だった。長嶋さんが東京ドームを訪ねてきた際「いつもおしゃれですね」と声をかけると大笑いしていた、というのである。
長嶋さんは阿部監督の言葉がさぞうれしかったに違いない。常にファンの目を意識して、普段のファッションにも人一倍気を使っていたからだ。
現役時代から外出する際には、毎日3パターンぐらいのコーデを考えていたという。当時、密着取材していた先輩記者によると「ミスターは2日続けて同じ服を着たことがない」とか。長期遠征だと私服だけでかなりの量になるが、どうやって運んでいたのだろう。
その半面、長嶋さんは監督になると、若い選手たちが華美な格好をすることを極端に嫌った。第1次監督時代、球界で金のネックレスが大流行した頃のこと。西本聖の首元に首飾りらしきものを見つけたミスターは、顔を間近に近づけ「ニシ! これは何だ、これは! こんなモノをつけるなんて10年早いんだよ、10年!」と大変なけんまくで声を荒らげた。
実際は、それはネックレスではなく、お守りを下げたヒモ。長嶋さんが見間違えたのは、もっと野球に打ち込んでほしいという西本への愛情の裏返しだったか。この光景を見ていた松本匡史は、首からネックレスをそっと外したそうである。
ところが、第2次監督時代になると、長嶋さんは自分がつけるアクセサリーに凝り始める。銀座にある宝石店の上得意になって、有名ブランドの新作が出るたびに自ら足を運び、VIPルームで披露されたカフスボタンやピンバッジを吟味しては購入していたそうだ。
時には、ミスター自ら「これ、いいでしょう、えへへ」と自慢していたこともある。マメにチェックしていた記者によれば「テントウ虫の形をしたピンバッジが一番のお気に入りだった」。
この頃のミスターは、選手のスタイルにも寛容になった。その最たる例が、巨人では現在も原則禁止とされているヒゲ。第2次監督時代はグラッデンやコトー、屋鋪要や入来祐作に「似合っていればいいでしょう」とヒゲを許可している。
ただし、長嶋さん本人は最後までグラウンドではクラシックスタイルを貫いた。ユニホームの下がパンタロン風に変わっても常にストッキングを出したまま。それこそミスター一番の“ファッション哲学”だった、と言えるかもしれない。














