【橘高淳 審眼(48)】1999年3月11日、京都・西京極球場で行われた巨人―西武のオープン戦で球審を務めた際、「平成の怪物」と騒がれた西武・松坂大輔投手のボールを初めて目撃しました。そこで、松坂投手のNPBでの成功を予感したというのが前回のお話でした。

 その試合で巨人の先発だった投手を覚えているマニアックな野球ファンの方は少ないと思います。実はバルビーノ・ガルベス投手だったんですね。何となく感じるものがあると思うんです。私は特別な感情はなかったのですが、あの「ボール投げつけ事件」があったのは、前年の98年7月31日の阪神―巨人戦(甲子園)。あの日からガルベス投手は全日程で出場停止処分を受けていました。

 オープン戦の審判員の割り当てだけは球団に届いています。巨人サイドに何か意図があったのか。それは分かりませんが、故意に私が球審を務める試合に先発させてきたのかなとも想像してしまいました。普通、実績ある外国人投手はオープン戦の時期に寒い京都の屋外球場の登板を回避するものです。巨人であればホームの東京ドームで調整させるものでしょう。しかし、巨人の先発はガルベス投手でした。

 投げつけ事件の日の試合内容をおさらいしてみましょう。巨人先発のガルベス投手は立ち上がりから不運な形で失点を重ね、本人としては不本意な投球が続いていたものと思われます。そんな中で迎えた6回。球審だった私のボール判定に納得できず、不満そうな態度をあらわにしていました。その直後に阪神・坪井智哉選手から本塁打を浴びて降板。マウンドでも不服そうな態度を取り続けていました。

 長嶋茂雄監督らに促され、一度は三塁ベンチの方向に戻りかけましたが、ダッグアウトに入る目前で反転。マウンド付近にいた私を含む審判団に向かって、持っていたボールを投げつけたのです。ボールが直撃することはなかったですが、前代未聞の行為で退場処分。翌日のスポーツ紙上には「球史に残る暴挙」などと書かれ、大きな話題となりました。

 そういう経緯があって翌年のオープン戦で私が球審を務める試合に登板を合わせてきた。どういう意図があったにせよ、私とすれば仕事を全うするまでです。普段通りに球審としての任務を遂行し、ガルベス投手も紳士的な態度で試合は何の問題もなく進行していきました。

 その試合後です。私は巨人担当の記者の皆さんに囲まれ、取材を受けることになりました。昨年の経緯もあった中、今の気持ちをという内容の質問だったでしょうか。私は「もう済んでることですから何もないですよ。わだかまりもないですよ」とコメントさせていただきました。

 ところが、です。翌日の紙面には「あんなヤツのことは話したくない」という内容の記事になっているじゃないですか。これは面倒なことになるのではと思っていると、当時のNPB事務局長から連絡がありました。その方は某スポーツ紙OBです。事情を説明すると「スポーツ紙の記者に誘導されただけだろ」と不問とされました。これもまた時代がなせる業というものでしょうかね。