オカルト評論家・山口敏太郎氏が都市伝説の妖怪、学校の怪談、心霊スポットに現れる妖怪化した幽霊など、現代人が目撃した怪異を記し、妖怪絵師・増田よしはる氏の挿絵とともに現代の“百鬼夜行絵巻”を作り上げている。第231回は「亡魂ざくの怨霊」だ。
千葉県船橋市に出た怨霊である。戦争中から終戦直後までうわさが流れた。
現在の日本大学の近くに「亡魂ざく」という谷があった。千葉県の一部では「谷」を「ざく」もしくは「さく」と呼ぶことがあった。今は深い坂道になっている。
この場所は、習志野にあった日本陸軍の基地から、脱走した新兵が逃げ込む場所であった。他にも逃げ込む場所があっただろうに、なぜかこの谷の奥底に逃げ込んでしまうのだ。
そして、谷に生えている1本の木の枝で首を吊ってしまう。やがて、脱走兵の怨霊は、亡魂ざくの斜面を這い上がってくるという。船橋の人々は、谷底に宿る怪火や這い上がる怨霊を見ては、震え上がったらしい。
太平洋戦争中には、数多くの亡霊や怨霊が報告されている。一説には「戦争中では、自分の生死が気にかかってしまい、幽霊はあんまり見なくなる」といわれるが、筆者はこれに同意しない。千葉県だけでも、多くの戦争怪談が語られているのだ。
例えば、津田沼にあった鉄道連隊の基地において、井戸の幽霊という話が残っている。現在は、千葉工業大学がある敷地の内部に古い井戸が残っている。
この井戸に、ベテラン兵が新兵の槊杖(さくじょう=銃の装填や銃身の掃除に使用する棒)を投げ込んでしまった。
ベテラン兵は「いやしくも陛下からいただいた銃の槊杖を井戸の中にそのまま放置することはならない」と言って、新兵に井戸に飛び込むように指示した。哀れ、泳げなかった新兵は井戸の中で水死してしまった。以来、その井戸では毎晩のように「槊杖寄こせ~」と聞こえるようになった。












