ハイブリッドレスラー・船木誠勝(55)が、2月28日に死去したプロレスラーで東京・文京区議会議員の西村修さん(享年53)との思い出を振り返り、故人をしのんだ。
西村さんは2024年に体調不良を訴え、検査の結果、食道がんが発覚。ステージ4と診断されたが、その後もリングに上がりながら闘病生活を続けていた。後輩の訃報に船木は「フェイスブックで西村さんの最近の様子を見ていて、だいぶ悪くなってきているなと思っていたので、驚きはしなかったです」と語った。
船木は1989年に新日本プロレスからUWFに移籍したため、91年にデビューした西村さんとは関わりがなかった。だが、2007年10月に西村さんが全日本プロレスに入団し、09年8月に船木が同団体に参戦し始め、2人は遠征先で酒を酌み交わす仲になったという。船木は「お互い新日本を辞めて別の場所で戦ってきたことや、ヨーロッパに遠征していた場所が同じだったり、カール・ゴッチに学んだ経験とか共通点が多かった。お酒が好きでしつこい性格だったので、全日本時代はKENSO選手と3人で朝まで飲んで。時には西村さんがKENSO選手に説教し始めることもありましたね」と懐かしんだ。
22年9月に船木は大仁田厚らと組み、西村さんらと8人タッグで「電流爆破デスマッチ」で対戦したのが最後だった。「あの時はまだ元気に試合ができていたので、最後に西村さんと戦った記憶が元気な姿でよかった。ボロボロになっても最後まで精神的にギブアップしない強さは、私がまねできない部分でした」。
天国に旅立った西村さんに向け船木は「いずれ自分もそちらに行きますので、いいお店見つけておいてください」と語りかけると「まあ、もうすでに曙(太郎)さんと一緒に、お酒を飲んでると思いますよ」と遠い空を見つめた。












