【達川光男 人生珍プレー好プレー(39)】マウンドのピッチャープレートから本塁までの18・44メートルを挟んで対峙する投手と捕手の間では、さまざまなドラマが繰り広げられています。捕手の出したサインに投手がうなずき、ボールを投げる。そんな当たり前のことが、当たり前に行われないことだってあるのです。あれは1989年とか90年のことだったでしょうかね。確か阪神戦でしたよ。

 先発は川口和久で、初回の先頭打者の初球からサインに首を振られましてね。首を振ること自体はいいんですが、4球も続いたんです。そんなに球種が豊富な投手でもないのに。私はすぐにタイムをかけ、マウンドへ向かいました。

 おそらく相当なけんまくで言ったと思います。「何が投げたいんじゃ」と。川口は「○○です」と答えましたが、そのサインはすでに出していた。さすがに頭にきましてね。「もうええ、ノーサインじゃ。お好きにどうぞ」と言い残して守備位置に戻ってからは、サインを出す右手を腰の後ろに隠してド真ん中に構え続けました。何を投げてきても捕れる自信はありましたからね。

 ここまでは割と知られた話なんですが、実は完全なノーサインではなかったんです。川口は口元の動きで球種を伝えてきましてね。唇の上下を左右にずらしてヒラメやカレイのような口をしたら直球、舌で頬を押してフグのようにふくらましたらカーブか、ちょっとしか曲がらないスライダーといった具合に。捕球には苦労しましたが、それに気づいて中盤まで0点に抑えられたんです。記憶違いでなければ、ノーヒットだったんじゃないでしょうかね。

 いつまでも不機嫌なままでは大人げないし、ベンチに戻ったタイミングで川口に「サインが見づらかったんか?」と真相を尋ねたら「今日は何のサインだったか分からなかった」ということでした。サインには何種類かあって試合前に「今日はこれで」と決めるのですが、川口はそれを失念していたわけです。

 理由が分かり、私も素直に「悪かったのう」と謝りました。川口も配球を考えながら投げるのに苦労していたようで「先輩、頭が痛くなるから次のイニングからサインを出してください」と頭を下げてきましたよ。すると次の回に先頭の真弓明信さんに初球をクリーンヒットされましてね。すぐにマウンドへ駆け寄り「ワシのサインじゃ打たれる」とわびました。

 それでも川口は平然としたもので「もう打たれるころだったんですよ」と。そういう男気というか、思いやりがあるんですよ。シーズン最多与四球の常連で、88年と91年には暴投もリーグワーストを記録したようにコントロールは悪かったですけど、おかげで私の捕球技術も上がりました。現役時代に3度のゴールデングラブ賞に輝くことができたのは、川口に鍛えられたからかもしれません。

 サインが盗まれているかもしれないと感じたときは、意図的にノーサインで試合に臨んだこともありました。そんな芸当が可能だったのも、バッテリー間に信頼関係があったからです。