【越中詩郎GET BACK~反骨のサムライ血風録~(29)】2015年11月15日。両国国技館で行われた天龍源一郎さんの引退興行に呼んでもらった。19年6月26日には長州力さんの引退興行(後楽園ホール)にも出てるんだ。2人とも先輩なんだけど、年齢的には近い部分もあるので話しやすさとかあって、俺にとってはラッキーだった。普通の人だとキャリアがないと話ができないじゃない。俺もそれなりのキャリアを積んでいたからさ。
天龍さんで驚いているのは、全日本プロレスにいたときのこと。当時の天龍さんは海外に行ったり来たりで、あまり話をした記憶がないんだけど、米国から帰ってきたときに「コシやん、ちょっと。これ知ってるか?」とミュージックテープを見せてくれた。「いい曲だから」ってケニー・ロジャースっていうウエスタンのカントリーミュージックを3本くらいくれたんだ。音楽を聴くイメージがなかったから「え? 天龍さんが?」って驚いたよ。そのころから俺はビートルズが好きだったんだけど「天龍さんは米国でこういう曲を聴いていたんだな」って思った。しかし、何で俺にくれたのかはわからないけど…。
17年からは武藤敬司の「マスターズ」に平成維震軍で呼んでもらった。人ごとじゃないんだけど、維震軍を覚えてくれているのはありがたいなって一番に感じたね。ふるさとじゃないけど、帰ってきたなって。(齋藤)彰俊とか(ザ・グレート)カブキさんとかツーカーで動いてくれる。控室で「こういうことやろう」って相談は全くないし、出たとこ勝負で息が合うって、なかなかないよ。「覇」の大旗はカブキさんが持っていたんだ。何でカブキさんのところにあったんだろうね。道着も黄色とか新しい色を使ったね。青柳政司がすぐスポンサーをつけてくれて「道着代出してくれる方がいますから」って言ってくれて。
19年1月30日には後楽園で俺の40周年興行をやってもらったんだけど、一つだけリクエストしたのが「新しいメンバーを入れてインパクトを出したい」だった。頭の中には真霜拳號しかいなかったね。タッグを組んだことがあって、動きとか見てひと目ぼれみたいな感じで。ただ、その先があるかわからないから、受けてくれるかなっていうのが心配だった。せっかく呼んでも一発ではあまりに申し訳ないから。真霜は快く受けてくれて良かったよ。
確かに維震軍は1999年2月に解散したけど、現在進行形なのかなあ。2019年は5月から元号が令和になったから、平成最後の平成維震軍になった。とにかくファンの人も維震軍を覚えていてくれたのは本当にありがたいよ。今後? 呼んでくれて、ファンが来てくれればだね。声がかかるかな。













