【越中詩郎GET BACK~反骨のサムライ血風録~(最終回)】2020年から長野県の原村に住み始めた。カミさん(※)がここを選んでくれたんだ。車を買おうかなと思っていたんだけど「こっちで家を買わない?」みたいな話をしてくれて。「ちょっと探してみようか」「おっ、ここいいね」とぱっと決まった。

長野・原村の自宅前にはまきが山積みに
長野・原村の自宅前にはまきが山積みに

 コロナ前だからお手頃な値段で、それも良かったんじゃない。縁もゆかりもない地だし、知り合いがいたわけじゃないけど、こっちに来てよかったなって思う。俺らの商売は毎日毎日、地方に移動するという誰にも経験できないことをしてきてるわけじゃん。行ってない町なんかない。それで今、長野に住んでいるって不思議な感じだね。

 東京だったらバスに乗って地下鉄に乗って車なんていらないけど、こっちは車がなきゃ生活ができない。東京だとエアコン入れて終わりだけど、こっちは木を仕入れて長さを揃え、割って、乾かしてだから。まきは割っても乾かさないといけないから来年の冬に使えるかどうか。ストーブに入れたときに湿気があると煙が出て燃えないんだよ。冬はマイナス10度以下になるから朝の5時からたくんで、あっという間になくなる。

 だけどさ、その不便さが新鮮で魅力なんだ。空気がうまくて水がうまいのって最高だよ。あとね、近くに温泉が10か所も20か所もある。カミさんが調べてくれるんだけど、行くと体に染み込んでくるっていうのかな。「あっ、こんなに温泉っていいのか」ってね。

 3月でデビュー45周年だけど、あっという間だよ。全日本プロレスに入門したのも、ちょっと前の感覚。この試合は楽だったなっていうのは一つもない。状態が良くないときも、苦しいときもあった。そんな思い出しかない。だってそういう世界だから。でも、そんな中で頑張ってきて、いい人に巡り合えたなって。ケツ叩いたり、背中を押してくれた人がいなければ俺はないから。

 今後も呼んでくれるんであれば、しっかりトレーニングの時間をつくって準備する。期待して呼んでくれるから、それには応えたいなって。月に何試合とか年に何試合やろうとかは考えてない。いい状態にしてリングに上がりたいってだけだよ。いつまでとは決めず、声がかかればね、やっていきたいなって思う。

 いまだに「あの当時見てました」って声をかけてくれる人がいる。この連載を見て「面白く読ませてもらいました」って方も結構いた。本当、感謝しかないね。いろいろなチームがあったけど令和に平成維震軍が残ってる。「維震軍でやってくれないか」って言われると、応援してくれていた人がいたんだなって。ありとあらゆる人に感謝を込めて。越中詩郎はまだまだやってやるって!(おわり)
 
 ※当時の担当記者が「マット界一の美人広報」と口を揃えた元新日本プロレス広報の直美夫人 

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