【越中詩郎GET BACK~反骨のサムライ血風録~(27)】新日本プロレス時代に起こった「旅館破壊事件」(1987年1月23日、熊本・水俣市)は今でも記憶にある。いろんな選手が語ってるみたいだけど、みんな証言が違うんだって? そりゃそうだよ。みんな酔っぱらっていたから、覚えてるわけないって(笑い)。俺はあの状況で酔えるわけなかったからね。

試合前に練習する武藤(左から2人目)。右隣が越中(87年1月)
試合前に練習する武藤(左から2人目)。右隣が越中(87年1月)

 当時の新日本には前田日明たちUWF勢が上がっていたけど、険悪なムードだった。だから坂口征二さんが音頭を取って「一度腹を割って酒でも飲もうや」となった。藤原喜明さんたちが試合を休んで準備をしてくれて、旅館の料理だけじゃなく、ちゃんこも用意された。豪華だったから「おいしい、おいしい」ってみんな言ってたけど、そんなの最初だけ。

 坂口さんが(福岡県)久留米の人だから知り合いらから、おいしいお酒がたくさん届いた。「お前飲めるか?」から始まって、そこからだよ。坂口さんは、坂口さんでUWFの連中と一升瓶で一気飲みをやろうとなったんだけど「あれ? おかしいぞ。ちょっとよこせ! 水じゃねえか!」って前田が怒ってやり合っていた。

 若いのはヘベレケだし、選手だけかと思ったらリング屋さんもだよ。確か5人いたのかな。みんな倒れていたから「誰が飲ましたの? 明日のリングどうするの?」って思ったよ…。後藤達俊のバカは例のごとく暴れてさ。アントニオ猪木さんは隅っこの方でチョビチョビ飲んでいたんだよ。なのに「猪木いるか、コノヤロー。あのヤローがだらしねーからこんなになったんだ!」って言い出して。そうしたら猪木さんが「おう、俺はここにいるぞ!」って言ったんだよ。後藤のバカ、急に直立不動になって「お疲れさまです」って。「テメー、コノヤロー、酔っぱらってないな!」って猪木さんにぶん殴られていたよ(笑い)。

 忘れもしないのは藤原さんとドン荒川さん。7階の部屋の窓を開け「根性があるならここから飛び降りろ!」「何てことねえ!」と言い争ってんだよ…。もう止めるのが大変だったって。

 UWF勢の連中は別のホテルに泊まっていたからタクシーを呼ぶんだけど、ロビーを出た外で武藤敬司と前田がフルチンでやり合ってる。しかも到着したタクシーをみんなで揺らすもんだからドンドン帰っちゃう。旅館の人は泣いてるし、余計に新日本とUWFの関係がおかしくなったよ。

 次の日、バスの一番前に座っていた坂口さんが旅館からの請求書みたいのを見ながら「意外と安かったな」と言ったのを覚えている。福岡・飯塚市の大会は武藤ら何人かの選手が欠場。外国人が「昨日の試合でケガさせたか?」ってビックリしていた。今だったら警察沙汰だよな。