【森脇浩司 出逢いに感謝(50)】よく言われたのが、世界の王貞治監督だから選手やコーチが遠慮していたのでは?ということ。それは王さんじゃなくて周りのこちら側の言い訳だと思うんです。僕は今も「君が一番俺に意見したよな」って言われますよ。理想の高い王さんはうまくこちらに降りて言っているのに、うまくいかなかった結果に対して「王さんはとっつきにくい」とか「眉間にシワを寄せて」とか…。

 そんなことはなくて、いいコミュニケーションなのに結果が出なかったら王さんのせいにしやすいんです。監督としての実績はこれからでしたので、王さんのつらい部分でもあったと思う。なぜそのように言われるのか、4年間はその葛藤がすごかったと思いますよ。

 2年目の1995年が最下位に転落し、翌96年も4月から借金を重ねていき、残念な出来事が起きた。5月9日の日生球場最終戦となった近鉄戦で試合後に押し寄せたファンから移動バスめがけて生卵がぶつけられた。レフトスタンドの裏側にビジターバスの待機場所があるんです。敗戦後に選手が乗り込み、表にいる警備員が確認してゲートが開いて出発するんですが、扉が開くと多くのファンが押し寄せ、卵をフロントガラスにぶつけてきた。それなりの騒ぎでしたよ。

 後で思えば卵が石だったら窓が割れてたかもしれないし、僕らに当たるんじゃないかとか…。しばらくバスが立ち往生し、やがて落ち着いて出発しました。大阪市内のホテルに到着したらミーティングがあり、王さんはこう言った。「あれがファンの正直な答えだ。われわれは勝つことでしか答えることしかできない。投げ返したり、降りて文句を言うことができないわけではないが、ファンの気持ちに対して勝つことしかできない。だから絶対に勝ってやる、強くなるという気持ちを呼び起こすきっかけにしよう」
 腹の立つ出来事だったけど、ファンあってのプロ野球という組織にいる者として大事なことだな、と思った。ただ…卵よりもさらに寂しく、悲しい現実があった。その後の試合でダイエー応援団から「王さん、頼むからやめてくれ」という横断幕が出たんです。卵事件も衝撃的だけど、パンパンって一瞬でしょ。今度は試合に行くたびにホームにも、ビジターにもかかわらず味方の応援団からずっと横断幕が出るんですよ。

 ベンチにいたら僕らも王さんもいやが応でも目に入る。さらし者みたいなもんですよ。横断幕をなんとも言えない寂しげな顔で見つめる指揮官の姿があるんです。うつむくわけにもいかず、怒りをあらわにするわけにもいかない。僕は僕なりに「この人を日本一にするんだ」と覚悟した瞬間がここでしたね。

 僕はその年限りで17年間の現役生活を引退。骨折もあったけど、自分の中では潮時だったし、十分やりつくした。97年から二軍コーチとして指導者の道をスタートさせました。