セ・リーグ2連覇を果たしたヤクルトが、今季は苦しい戦いとなっている。そんなチームで奮闘しているのが「現役最年長投手」のベテラン左腕・石川雅規(43)。今季は5月に白星を挙げ「入団1年目からの22年連続勝利」というプロ野球タイ記録を達成。通算200勝まではあと15勝としているのだが、2005年には「現役引退」を考えたアクシデントがあったという。元ヤクルトのチーフトレーナー・堀内三郎氏に聞いた。

【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録】ヤクルトのチーフトレーナーを2011年に定年退職するまで、34年間もチームを支え続けたのが堀内三郎氏(72)。千葉・松戸の治療院を訪ねると、長く続けられた理由について「毎年、入団してくる子たちがかわいくて仕方なかったんです」と優しそうな笑顔で語った。

当時は球団チーフトレーナーだった堀内三郎氏
当時は球団チーフトレーナーだった堀内三郎氏

 退職から12年の歳月が過ぎたが、今でも連絡を取りあい、互いの夫婦4人で食事をするなど、家族ぐるみのつき合いを続けているのが石川雅規なのだという。しかし、そんな二人にある悲劇が起きた。

 2005年9月2日の中日―ヤクルト戦(ナゴヤドーム)だった。4回、ヤクルトの攻撃中に打席に立った石川のファウルボールが、ベンチにいた堀内氏の右側頭部を直撃。脳に大きな衝撃を受けた堀内氏は「集まってきたコーチ陣がスローモーションに見えた」とその瞬間を振り返る。

 自分の打球が〝誰か〟に当たったことだけがわかった石川は、心配そうな表情ですぐにベンチに向かった。しかし、当時の伊東昭光投手コーチは「見るな!」と堀内氏の姿を隠し、試合中の石川を動揺させないようにしていたという。

 その後、意識を失い、病院に運ばれた堀内氏は「頭がい骨骨折、急性硬膜外血腫、脳挫傷」と診断された。すぐさま緊急手術。再び目を覚ましたのは手術終了後だった。

 当時から石川は堀内氏を慕い、精神的な支えにもなっていた。そんな堀内さんに大けがをさせてしまった――。もしかしたら後遺症が残るかもしれない。今までのように仕事を続けられなくなるかもしれない。自分のせいで…。石川が思い悩むことは容易に想像できたからこそ、堀内氏は「石川のためを思うと、よし!ってリハビリを頑張れた」。

今季で43歳、球界最年長となった石川(左)
今季で43歳、球界最年長となった石川(左)

 そんな石川への思いもあって、術後の経過もよく、2週間ほどで退院。現場にも戻ることができた。後に石川の妻・聡子さんからは「もしも堀内さんが復帰しなかったら、もう野球は辞める」と涙ながらに石川が語っていたことを明かされたという。

 もし、堀内氏が元気な体を取り戻せていなかったら…。現在の石川の姿はなかったということ。それぐらいの大事件だった。

 今季はまだ2勝にとどまっている石川。それでも「もうちょっと(長く)頑張ってほしいね」と笑う堀内氏。まだまだ現役最年長投手を辞めさせるつもりはないようだ。

 ☆ほりうち・さぶろう 1951年5月16日生まれ、青森県出身。青森・鰺ヶ沢高から69年のドラフトで南海(現ソフトバンク)から10位指名されプロ入り。一軍公式戦に出場のないまま71年に現役を引退した。引退後はトレーナーに転身。78年から34年間、11年に定年退職するまでヤクルトのチーフトレーナーとして手腕を発揮した。現在は千葉・松戸の治療院に勤務している。