【取材の裏側 現場ノート】マスター・ワトの初優勝で幕を閉じた新日本プロレス「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」は今年も好試合の連続で、ジュニアの魅力を改めて満天下に知らしめるシリーズとなった。

 盛況だった大会に水を差すつもりはない。しかし、今年の日程面にだけは強い疑問を感じた。12日の後楽園大会で開幕すると、長野、愛知、秋田、宮城、岩手、青森を転戦。8日間で7大会の過密スケジュールに加えて、その間の移動距離も尋常ではない。

 その後、21日に後楽園に戻り、23日からの大阪2連戦を経て東京で準決勝と決勝の2大会。最終的に17日間で12大会のシングルリーグ戦となった。取材時に顔を合わせる選手・スタッフは例外なく疲労困ぱいの表情だった。

 IWGPジュニアヘビー級王者の高橋ヒロムはこの「ハード」のひと言で片づけられない日程を疑問視する。「8日間で7試合なんて、たとえ全部東京だったとしても大変な話なのに…。ましてや全部シングルの大事な試合ですからね。選手もそうですけど、リングスタッフさんも寝ないで移動してやってくれてるわけじゃないですか」

 石森太二は頸椎負傷で途中離脱、エル・デスペラードは26日の準決勝(代々木)で右足を負傷した。直接的に結びつけられないが、過密日程が影響した可能性は否定できない。少なくとも全選手が満身創痍の戦いを強いられていたのは事実だ。

「自分たちが声を上げないと、もっとエスカレートした時が怖いですよ。ベストパフォーマンスうんぬんではなく、単純に危なすぎる。休む時間がなさすぎて。一戦一戦キツイのはリーグ戦の醍醐味かもしれないですけど、度が過ぎてしまうと、ただただ危険なものになってしまうので」と訴えたのはヒロムだけでなく、同様の声は他選手からも多く聞かれた。

 過酷は決して美徳ではない。問題点を修正し、来年はもっと素晴らしい大会を見られることを期待している。