WWE殿堂者で元WWWF(WWE)ヘビー級王者のスーパースター・ビリー・グラハムさん(享年79=本名エルドリッジ・ウェイン・コールマン)が亡くなり、米マット界が悲しみに包まれている。
長い闘病生活の末に17日(日本時間18日)に死去。米プロレス界では〝狂乱の貴公子〟リック・フレアー、ミック・フォーリー(カクタス・ジャック)、アイアン・シーク、ジェシー・ベンチュラらWWE殿堂者らがツイッターで弔意を示した。WWEでCCO(最高コンテンツ責任者)を務める〝ザ・ゲーム〟トリプルHも「史上最も模倣されてリングに上がった男…しかし『スーパースター』ビリー・グラハムはただ一人だけだった。友よ、安らかに…」などと投稿し、レジェンドの死を悼んだ。
1970年代のマット界をパワーファイターとして暴れまくり、2004年にWWEの殿堂入りを果たした。1974年9月に国際プロレス参戦で初来日にした際には、「ジーザス・クライスト・スーパースター」のテーマ曲に乗って登場、日本で初めてテーマ曲を使った入場とされる。ハリウッドのスーパースター、アーノルド・シュワルツェネッガーとは無名時代からの練習仲間だったことも知られている。
一方でグラハムさんの生涯と切っても切れない関係にあるのは、筋肉増強剤(ステロイド剤)使用の問題だ。06年にグラハムさんは自伝を出版。当時の本紙報道によると、ボディービル出身のグラハムさんは70年にプロレスデビューしたが「当時は合法だったステロイド剤を通常の30倍摂取し、身長193センチ、体重125キロ、上腕筋56センチの超ボディービルダー型レスラーとなった」。
筋骨隆々のボディーを得たグラハムさんは一躍スターダムに上り詰めたが、長くは続かなった。80年代に入ると、過剰なステロイド使用の影響でしばしば入院。体調を崩してリングに上がれなくなり、87年には44歳で現役を引退した。93年に当時のビンス・マクマホン代表(現WWE会長)を相手どり、ステロイド後遺症の損害賠償の訴訟を起こした。「ステロイド裁判」は03年に和解となるが、プロレスラーの薬物使用問題は当時の米マット界で物議を醸した。
01年にはC型肝炎を患い、02年に肝臓移植手術を受けた。キリスト教の信仰心の厚かったグラハムさんは故郷アリゾナ州の教会に戻って伝道師となり、若者にステロイド使用の弊害も説いていたという。
不世出の「スーパースター」は、リング内外で後のマット界に大きな影響を与えたのは間違いない。













