中日・石川昂弥内野手(21)に「4代目ミスタードラゴンズ」襲名の声が高まっている。
16日の阪神戦(豊橋)でチームは4―9の惨敗で3連敗。借金は今季ワーストの「10」まで膨らむ非常事態の中、竜の希望の星となっているのが高卒4年目の若き大砲だ。
昨年7月に「左膝前十字靱帯(じんたい)」の再建手術を受け、4月14日の巨人戦で約1年ぶりに一軍復帰。そこで自身初の4番に抜てきされ、球団では22歳以下の4番は1959年の江藤慎一以来、64年ぶりとなり、ここまで26試合連続で大役を務めている。
この日は4点を追う5回二死二、三塁の好機で相手先発・村上のフォークを捉えると、打球はバックスクリーン右へ飛び込む今季3号3ランとなり、一時は1点差まで詰め寄った。「感触は良かった。点差が開いた中で、ああいう場面で打てたというのは良かった」と言いつつも「結果的に負けたし、もっとチームを勢いづけられるように、勝てるようにやっていきたい」と貪欲に語った。
そんな石川昂についてある中日OBは「石川には長らく不在の〝ミスタードラゴンズ〟になる資格は十分ある。今日も試合に負けたとはいえ、石川の一発で溜飲を下げたファンもいるはず。チームが低迷している時こそホームランを打って救世主になるのはもちろん、明るい話題を提供してほしいね」と期待を寄せている。
ミスタードラゴンズといえば、過去には3人しかいないとされる。1940年にシーズン20勝をマークし、打者転向後の50年には46本塁打を放ち、着用した背番号15が永久欠番となっている初代・西沢道夫、走攻守すべてを備え「球界最高の二塁手」と評された2代目・高木守道、そして通算487二塁打の日本記録を持つ現指揮官の立浪和義監督が3代目だ。
チーム関係者は「立浪監督の現役以来、ミスタードラゴンズと言われる選手が育っていないのは寂しい限り。立浪監督も昂弥をチームの顔として育て上げようと、ここまで4番起用にこだわっている。昂弥がミスタードラゴンズと呼ばれるような選手になるまで、このまま何があっても4番で使い続けてほしい」と切望している。
石川昂はそうしたチーム内外の期待に応え、1日も早く4代目ミスタードラゴンズを襲名するような活躍を見せたいところだ。












