【俺のWBC#2=城島健司氏】第2回WBCで扇の要として侍ジャパンを世界一に導いたのが、ソフトバンクの城島健司球団会長付特別アドバイザー(46)だ。当時、マリナーズの捕手として参加。攻守で存在感を発揮した。伝説の“逆球作戦”の真相と、あと一死から一時同点に追いつかれた決勝戦での悔いなき1球への思いなどを聞いた。

 2006年の第1回大会で日本代表を率いたのは強固な師弟関係にある王貞治監督(現・球団会長)だ。それだけに「選ばれたら出たい」との思いも持っていた。

 ただ、当時はいまだに例のない捕手としてのメジャー挑戦1年目。城島氏のことを思った王監督からは出場の可否を問われることはなく「メジャー1年目でキャッチャーだし、投手を覚える時期だから今回はそっちを優先しなさい」と声をかけられたという。

 その点、09年の第2回大会は満を持しての出場だった。「(第1回の)WBCが終わってイチローさんが(マリナーズに)合流したら、開口一番『ジョー、3年後は出ような!』って興奮気味に。『すごくいい大会だった』って。3年間、イチローさんとそういった話をしていた。(契約も)シアトル(マリナーズ)に残ることになっていたし、出られない理由はないですよね」

松坂に声をかける城島健司(2009年)
松坂に声をかける城島健司(2009年)

 第2回大会のハイライトの一つに2次ラウンド・キューバ戦(ペトコパーク)での「松坂大輔―城島バッテリー」の“逆球作戦”がある。キューバベンチから出ていたコースを伝達するような声。わざと構えたコースと逆に投げさせるなどして相手を翻弄した。

「日本では当時『バックドア』(右投手が左打者に対する場合、スライダーなどで外角のボールゾーンからストライクにする投球)とか投げてなかったけど、大輔はメジャーにいて投げていたのを知っていた。『それ、オレが構えんでも投げられるか』と聞いたら『大丈夫ですよ』と返ってきた。答えは分からないけど、オレが(左右に)寄ると声が出ている可能性があるから、不安のもとは消そうやという話になったんです」

 その裏では英語が堪能なメジャーリーガーならではの入念な準備もしていた。

「アンパイアにストライクを取ってもらわないといけない。『わざと(逆に)行くからよく見といてね』と声をかけてはいました。向こうの審判は僕(捕手)の後ろに隠れたがる。それを言っておかないと見てくれない。審判もそっちを見てくれるから、ボールをストライクに取ってくれたかな?というのもありましたけどね(笑い)」

 松坂とは5年前のアテネ五輪でもバッテリーを組みキューバと戦っていた。「ほかの投手ならリクエストしてないかもしれない。大輔ならできるだろうと思った」との信頼感もあった。目的は相手に声を出しても意味がないと思わせること。3回のアウトはすべてが見逃し三振だった。声が消えた中で見事な零封リレーが決まり、相手のキューバは国際大会で初めて4強を逃す事態となった。

 韓国との決勝戦では延長10回にイチローが劇的タイムリーを放ち勝利した。その直前の9回裏には、勝利まであと一死としながら、ダルビッシュが李机浩にスライダーを打たれて同点に追いつかれている。当時、配球を疑問視されたこともあったという。ただ、あの時の1球についても強い信念を持っている。

「あそこでバッテリーがやってはいけないのは長打を打たれて逆転負けすること。いろいろ言う人は抑えたかもしれないけど、負けていたかもしれない。もう1回やれと言われても同じ配球をすると思う。それだけ確信を持って選んでいる。何の悔やみもなかった。それくらい何回も対戦し情報量を詰め込んで戦った相手で、ダルビッシュの力、調子、球場の広さ、風向き、全部踏まえた上でのチョイスだから」

 その上で今回の正捕手候補として出場するソフトバンク・甲斐拓也にこうエールを送った。

「拓(甲斐)も同じケースになったら言われるかもしれないけど、それも代表でそこのポジションに行かないと経験できない。ホークスの投手は大きな経験をした捕手がビハインドザプレートにいるというのはすごく心強いし頼もしいと思う」

甲斐拓也の経験がホークスの財産となる
甲斐拓也の経験がホークスの財産となる

 温かいまなざしで「今は逃げ出したいくらいの重圧があるかもしれないけど、それも彼の財産になる。成長して帰ってきた拓の話を聞きたいですね」と期待を込めた。