【今村猛 鉄仮面の内側(4)】2年秋の新チーム発足から長崎県大会、九州大会と母校・清峰は快進撃を続けました。そして九州チャンピオンとして臨んだ3年春のセンバツでも、いつも通りの感覚で投げることができました。

 1回戦の日本文理戦は完封勝利。第1打席ではセンバツ通算600号本塁打をバックスクリーン右に打つことができました。僕は詰まったと思ったんですけどね。そしたらフラーっとフェンスオーバーしてくれて「やったぁ」と思ったくらいで。そんなに強打者ではなかったですからね。高校通算5本塁打ですよ。高校時代は基本的には8番打者だったですからね。でも、センバツの時はなぜか5番打者だったんです。

 何でなんでしょうね。僕からは聞かなかったからわからないんですけど。でも、もともとは打撃が好きでした。投手はメニューが別なのですが、実戦形式のメニューを野手がやってるときには、率先して勝手に打席に入ってました。そういうのも監督が見てくれていたんですかね。

 あの春の甲子園のその時だけは「バントしなくていいから全部打って」と言われて。何か感じるものがあったのかもしれないですね、監督は。しかし、あの春のセンバツはうまくいき過ぎましたね。

 2回戦は福知山成美を完封。準々決勝は箕島を相手に8回無失点。準決勝は報徳学園に9回1失点です。そして決勝はプロ注目の花巻東・菊池雄星との投手戦を制し1―0の完封で春夏通じ長崎県勢初の全国優勝を成し遂げることができました。

 数字だけ見るとすごいですよね。5試合44回で47奪三振、4完投、3完封、1失点で防御率0・20ですよ。

 ただ、決勝で対戦した菊池雄星には驚きました。あんなボールは初めて見ました。実際に打者として打席で体感していますからね。こんなボールを投げる人間がこの世に存在するのかと思いました。

 右打者の僕に対して投げてくる直球は体に向かってくるんです。スリークオーター気味の腕の振りから放たれたボールは、ホームプレートの内角のカドをかすめてボールゾーンに突き抜けていく。打ってもファウルにしかできず、見逃してもストライク。こんなのどう対処したらいいのと途方に暮れました。

 それでも7回に味方が奪ってくれた1点を守り切って勝つことができました。全国優勝を経験し次は本番の夏。しかし、野球の神様は甘くはありませんでした。

 夏の長崎県大会では何かとご縁のある大瀬良大地を擁する長崎日大に準々決勝で敗れることになります。あの日のことは今でも忘れられません。うまくいき過ぎた春のセンバツから4か月あまりが過ぎた夏の日。不思議な体験をすると同時に、高校野球最後の試合で自分の力を出せなかった。

 春の甲子園で注目を浴びることになりましたが、最後の夏に落とし穴がありました。自分の責任で負けてしまったという、仲間に対し申し訳なかった感情が思い出されます。