【今村猛 鉄仮面の内側(3)】プロに行くような選手は高校進学時に名門高校からのスカウトが来るもの。そんなふうに思われていると思います。でも僕が中学から高校に進学するにあたり、何校からスカウトが来ていたかとかまったく知らされていないですし、どうだろ、そんなのなかったんじゃないの、くらいの感覚でした。

 中学3年生の時に長崎県内で選抜チームがあり、僕は佐世保地区のチームに選んでもらっていました。それで清峰が佐世保地区の学校でもあり、当時のメンバーが俺も行く、俺も行くってなって、僕も行くよという話になったんです。

 実は長崎日大のオープンキャンパスにも行ってたんですよ。でも、あまりにも人が多すぎてもう、僕は帰ったんですよ…。それで家族会議を開いて、両親が実家から通ってほしいという話になって、本当にそれだけなんです。だから、清峰を選んだ理由は何かと言われると、家から通えるからということ。本当に大した理由もなく母校を選びました。

 もし長崎日大に行っていたら。そうするとのちにカープでチームメートになる大瀬良大地と同窓生になっていたわけですよね。でも当時、大瀬良の進学先を知る由もなかったですからね。

 逆に後から聞いた話では大瀬良は清峰に行こうかと迷っていたらしいんですよ。本当に面白いですよね。そんなこと知りませんでしたし。高校時代からチームメートだったらどうなっていたんでしょうね。

 切磋琢磨してダブルエースになっていたかもしれないし、どちらかが挫折したかもしれないし。本当に分からないものですよね。人の人生というものは。

 高校入学後は徐々に成長していきました。1年生の夏からベンチ入りを経験させてもらい、2年の夏には先輩たちと一緒に甲子園のマウンドを経験することもできました。

 そして自分たちが最上級生となった後、秋季長崎大会、九州大会と勝ち続けました。ただ、そんなに楽な戦いではありませんでした。県大会が一番苦労したかなと思います。

 準々決勝は海星に3―2、準決勝は創成館に3―2と1点差試合が続きました。決勝では波佐見に6―4で勝ち、長崎チャンピオンとして九州大会に出場しました。

 九州大会で印象に残っているのは準々決勝の福岡大大濠との試合ですね。5回に1点を先制されて、8回に同点。そこから延長10回に突入し、2―1のサヨナラで勝利しました。

 その試合以外は苦しい展開という印象は残ってないですね。やばいなあくらいには感じていましたけど、どちらかというと楽しんで野球をしていました。

 そして九州チャンピオンとして春のセンバツに臨むわけですが、甲子園が一番、うまくいき過ぎたのかもしれないですね。ゾーンに入る、それに近かったのかもしれません。

 直球に大きいスライダーと小さいスライダー、シュートが少し。それもツーシームみたいに少し曲がる感じです。その後の僕からすればそんなに大した変化はしないボールです。落ちる系のボールはなしでした。

 そして決勝では花巻東と対戦。菊池雄星(西武、マリナーズ、ブルージェイズ)と対戦することになりました。甲子園では本当にいい経験をさせていただきました。