【新IDアナライザー・伊勢孝夫】0勝2敗1分けから4連勝してオリックスが26年ぶりの日本一に輝いた。エース・山本が第1戦で故障するというアクシデントに見舞われながらも勝ち切ることができたのは、それだけオリックスのリリーフ陣が強力だったからだろう。
宇田川、山崎颯、ワゲスパックらは150キロ台後半の速球をバンバン投げてくる。これだけ速球派のリリーフがそろっているチームはセ・リーグにはない。シリーズ前に映像でチェックしていても、実際に打席に入って対戦するとこれだけのスピードボールに対応することは難しい。ましてや短期決戦。3冠王の村上でも戸惑ったはずだ。
2年連続沢村賞に輝いたエース・山本が故障したこともオリックスブルペンの結束につながったと思う。シーズン中は山本が連敗を止め、リーグVをもぎ取った。それだけに「山本が投げられないんだったら、俺たちがあいつの分まで頑張ろう」とブルペン全員が燃えていたに違いない。
そしてもう一つ、前年の日本シリーズでヤクルトに敗れていたことが、オリックスナインのモチベーションを高めていたはずだ。野村監督が指揮を執り、自分が打撃コーチを務めた1992年のヤクルトはリーグ優勝はしたものの日本シリーズでは森・西武に3勝4敗で敗れた。翌93年のシーズンはリーグ優勝が決まる前から「日本シリーズには西武出てこい」と首脳陣、選手、スタッフみんなが言っていたものだ。93年シリーズは4勝3敗でヤクルトが日本一になったが、今年のオリックスからは「絶対に昨年の借りを返す」というあの時のヤクルトと同じような気迫を感じた。
一方のヤクルトは完全に自滅だった。第5戦、第6戦でマクガフが送球ミスをして敗れたが、いずれも普通に処理して当たり前のプレー。絶対的信頼を置いている守護神が走者を置いた場面であんなミスをしてしまうと、チーム全体が立ち直れなくなる。
第7戦も5回二死満塁からオリックス・杉本が放った左中間の飛球を中堅・塩見が追いつきながら捕球できずに後逸(記録は失策)してリードを5点差に広げられた。塩見なら楽に捕球できるフライだっただけに、考えられないミス。2試合連続で起こったマクガフの送球ミスが引き金となって、シリーズ後半のヤクルトは守りのリズムがおかしくなっていた。
野村監督時代でも成し遂げることができなかったが、2年連続日本一というのは、やはり難しい。高津監督も改めて勝つことの難しさを知ったはずだ。(本紙評論家)












