1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)を歴代プロレス担当が振り返る第8回。無観客試合となった伝説の「巌流島決戦」(1987年10月4日)の裏話を公開する。

【さらば燃える闘魂8】

 猪木さんとマサ斎藤さんの巌流島決戦は無観客で行われ、客の代わりに両選手を応援する幟(のぼり)が立てられた。価格は1本10万円。それが130本立った。巌流島決戦の総経費は1160万円で、無観客なのに黒字を計上したのだ。

 幟のアイデアは営業担当者が新日本プロレスの当時の会長に「ウチは興行会社だぞ。それが客を入れないなんてどういう考えだ」と怒鳴りつけられたことにむしゃくしゃし、いらいらした気持ちのままタイヤ屋さんに行くと幟がはためいており「これだ!」となったそうな。

 その幟、東京から下関に送る直前になって「巌流島」ではなく「厳流島」になっていることが発覚。徹夜で手書きして「厳」の字の上に「山」を書き入れていったそうだ。それで幟はみんな「山」が違う大きさになってしまったという。

(元プロレス担当・吉武保則)