本紙の元猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る。今回は発想力も豊かだった一面をお伝えする。
 
 私が担当していたころの1980年代後半の新日本プロレスの控室では何やら怪しげな勧誘話が飛び交っていた。

「この話は絶対もうかるから乗ったほうがいいって」「これを持ってると健康にいいらしいぞ、どうだ」などなど。勧誘されるレスラーはたまったものではないが、こんな話を持ってくるのはロングタイツの人か、ぽっちゃりしていたあいつだった。

 そんな中、勧誘されたわけではないのだが、猪木さんに粉を渡されたことがある。神奈川・南足柄の体育館だった。「よお、そっち(私のこと)はタバコ吸ったよな。ちょっとこれを先っぽに付けて吸ってみな」。

 色は白ではなく黄。顆粒(かりゅう)だった。付けて吸ってみる。何か甘い。

「どうだ、葉巻の味になってないか」(猪木)

 なってない。ただ「言われてみると、そんな気もします」と答えた記憶がある。その後、その粉が商品化されたという話は聞いていない。

 いろいろな新(珍)発明を次々と繰り出した猪木さん。成功したかどうか別にして、アイデアマンであったことだけは間違いない。(元プロレス担当・吉武保則)