1日に死去したプロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さん(本名猪木寛至=享年79)を歴代プロレス担当が振り返る第5回。最後に猪木番を務めた記者が〝燃える闘魂〟の晩年をつづる。

【さらば燃える闘魂5】

「俺もう、プロレスは興味ねえんだけど」

 何度か猪木さんの取材をさせていただいた中で一番多く耳にした言葉が「プラズマ」だとすると、その次によく聞いたのがこのセリフだと思う。ジョークなのか、本心なのか、照れなのか…。実際のところは分からないが、私はいつもプロレスへのあふれる愛情の裏返しのように感じた。

 2016年からプロレス・格闘技担当に異動になるとともに、IGFの取材も任された。IGFといえば猪木さんが当時主催していた団体だ。そこで前年までプロ野球・阪神を担当していた〝プロレス初心者〟の私は右も左も分からぬ状態で、すっとんきょうな質問を繰り返し、選手や関係者を困らせた。

 そんな中、同年2月25日に猪木さんのインタビューをする機会に恵まれた。はぐれIGF軍団誕生の舞台ともなったイベント「GENOME35」の前日だ。緊張しながら新宿のアントニオ猪木酒場の個室に入ると、座っていた猪木さんからいきなり冒頭の言葉を満面の笑みで言われ凍りついた。だが、続いて笑顔で「まあ、座りなよ」と気さくに取材に応じてくれ、初対面の私にIGFやプロレス、覚せい剤取締法違反で逮捕され大騒動となっていた清原和博氏について大いに語っていただき感動したことをよく覚えている。

 この時の冒頭の言葉は、多分初見の若造の緊張をほぐすための優しさだったのだろう。

 その後、IGFと袂を分かった猪木さんは17年に「ISM」というイベントを立ち上げ、7月24日に後楽園ホールで旗揚げ戦を行った。その中でファンにアキレス腱固めをかけるイベントを行うことが決定。これを控えた6月、猪木さんは東京・高円寺のスネークピットで〝公開練習〟を行った。

 本来は軽く体を動かす〝絵作り〟だけのはずが、その場に居合わせたジム生にアキレス腱固めの指導を行った上、鈴木秀樹を相手に激しいスパーリングを敢行。さらにジム生を相手にすねを合わせて倒し合う「すね相撲」まで始めた。

 すると猪木氏から「君もやるかい?」とまさかのお声が。戸惑っていると、田鶴子夫人からも「せっかくだからやったらいいじゃない」と背中を押され、猪木氏とすねを合わせた。恐る恐る力を入れるが、まったく動かない。「もっと力を入れていいよ」と言われて最後には全力で押し込んだが、笑顔の猪木さんの脚はびくとせず。そして猪木氏が一瞬体を動かしたかと思うとすねに痛みが走り、気づくと吹っ飛ばされていた。

 その後、公開練習も終わりコメントを求めると再び冒頭のセリフだ。あれは多分、猪木さん一流の〝ボケ〟だったのだろう。さすがに心中で「いやいや、これだけやっといてそんなわけないでしょ!」と思わざるを得なかったが、猪木氏は「ムッフッフ…」といつものように笑い、当時プロレス界を騒がせていたIGFとのお家騒動について存分に語ってくれた。

 天国に旅立たれた猪木さん。おそらく冒頭のセリフとともに、先に旅立った仲間やライバルたちとプロレス談議に花を咲かせていると思う。(猪木担当・前田 聡)