1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(本名猪木寛至=享年79)は、2006年ドイツW杯でサッカー日本代表監督を務めたジーコ氏と親交があった。担当記者が振り返る追悼コラム番外編。プロレス界のスーパースターが、サッカー担当記者に語ったジーコジャパンの強化策とは――。
【さらば燃える闘魂・番外編】
2003年2月、元ブラジル代表10番のスーパースター、ジーコ氏と親交があった猪木さんに話を聞く機会に恵まれた。猪木さん担当の先輩記者が尽力してくれたもので、場所は北海道・札幌市内にある某ホテルのロビー。午前9時ごろ、たくさんのスタッフとともに現れた猪木さんは周囲を圧倒する存在感を放ちながら「よろしく」と声をかけてくれた。
猪木さんによると、ジーコ氏の息子が初代タイガーマスクのファンだったことから意気投合したという。当時で10年以上の交流があり、ブラジル・リオデジャネイロ市内にあるジーコ氏が設立したサッカーセンターの完成セレモニーにも招待されたそうだ。「ブラジルでは超有名人。今度は日本代表監督として頑張ってほしい。必要ならばアドバイスもするよ」と上機嫌で語っていた。
インタビューを進めていくと、猪木さんがジーコ監督とともに気にしていたのは日本代表イレブンの心理面だった。普段からアスリートの心理学も勉強していると言い「日本人は欧米人に比べると緊張しやすい。大舞台でも勝つためには、普段の練習通りの力を発揮できるようにならないと…」と強調。そして〝闘魂ビンタ〟が現状打破の有効策と訴えた。
少し前のめりになった猪木さんは「これまでオレは何も意識せずに頬を張ってきたけど、効果はあるんだ。例えば試合前は誰もが緊張するし、プレッシャーもかかるもの。それをビンタされることで〝怖い〟とか〝痛い〟という思いをすることで吹っ切れるんだ。それが一歩を踏み出す勇気になる。この前も、ゴン中山(雅史氏)にビンタしたんだけど、彼は『気合が入った』と喜んでいた」と解説し「日本の強化になるんじゃないかな」と力を込めた。
実際に、当時の日本代表はまだ海外でプレーする選手が数人しかいなかった。このため、日本サッカー協会は「ビッグネームと対峙すると萎縮してしまう傾向がある」と懸念し、イレブンに経験を積ませることに取り組んでいた。まさに猪木さんが指摘したような現状。プロレスラーとあって豪放磊落(ごうほうらいらく)なイメージを持っていたが、豊富な知識をもとにした緻密な分析に正直、脱帽だった。
インタビューが終了し、取材を少し離れていた位置で見守っていた大勢のスタッフが猪木さんのもとに集結。すると、猪木さんは不機嫌となり「オレが朝から取材を受けているのに、お前らはコーヒー一杯も準備できないのか」とお説教が始まった。本来、取材をお願いした記者が配慮するべきだが、完全に失念していた。この場を借りておわびします。猪木さん、スタッフの皆さん、すみませんでした…。
(サッカー担当・三浦憲太郎)












