「人を遺す」。今春限りでの勇退が決まっている東洋大姫路(兵庫)の藤田明彦監督(65)が、最後のタクトを振った。第94回選抜高校野球大会第3日(21日、甲子園)第3試合で高知(高知)と対戦し、2―4の敗戦。「我慢強くなることを負けることで覚えた」と感謝し、聖地に別れを告げた。

 主将の岡部(3年)らナインは大粒の涙。17歳で選手として初めて聖地の土を踏んだ藤田監督は「母校のユニホームで最後を迎えられたことは最高の野球人生。ありがとうと伝えたい」と弾むような声で話した。

 藤田監督の退任は昨年9月に公になった。新チームはその後、秋季兵庫大会3位、近畿大会では8強入り。今大会の選考では近畿「最後のイス」である7校目で吉報が届いた。2011年夏を最後に遠ざかっていた聖地への帰還は、まさにドラマのよう。小柄な選手が多く、全国を狙うには打力に難があったチームが特別なパワーを授かったように躍進。藤田監督の「花道」を用意した。

 ソフトバンク・甲斐野央投手(25)も〝藤田チルドレン〟の一人だ。侍ジャパンにも選出された最速159キロの剛腕リリーバーはこう話す。「最後の最後に甲子園。藤田監督だから、こういうことが起こる。戦力事情を知ってるので、余計に感じるものがあります」

 後輩たちに感謝しつつ、こう続けた。「〝あれ〟も監督に教わったことですからね。お天道さまは見てるんです」。〝あれ〟とは日課のゴミ拾いのことだ。甲斐野のユニホームの後ろポケットはよく膨らんでいる。春のキャンプ地などでは菓子袋などを拾って詰め込んでいるが、これが甲斐野の日常だ。藤田監督の口癖は「どんな時もお天道さまは見ている」。汚れたトイレを見てどう思うか。人が敬遠することを進んでできることの尊さを恩師の背中を見て学んだ。

 一流企業の東芝でサラリーマンの経験もある藤田監督。財を成して後進に譲る以上に「人を遺す」ことが尊いとされる世界を知る。どこに出しても恥ずかしくない教え子たちが遺った。現役の3年生部員はこう言った。「将来、自分の子供にも同じことを教えたいと思っています」。拒んでも拒んでも、請われて2度監督を引き受けた男が、惜しまれてグラウンドを去るのには理由がある。