〝松坂世代〟楽天・久保裕也が引退 衰え感じ「イーグルスを最後の球団にすると決めていた」

2020年11月07日 14時21分

引退会見を行った久保(楽天野球団提供)

 楽天・久保裕也投手(40)が7日、今シーズンを最後に引退することを発表し、オンラインで会見を行った。

 背番号91のユニホーム姿で登壇した久保は「私、久保裕也は引退する決意をしました。イーグルスに来て4年間、思い切り野球を楽しむことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。いろんな思いがありますが、18年間、野球を楽しむことができて幸せでした」と晴れやかな表情で述べた。

 引退の理由については「なかなか結果を出せずに自分の力の衰えを感じた。球団のほうに自分の力の限界を伝えた。イーグルスに来た時にイーグルスを最後の球団にすると決めていた。迷うことなく引退する方向を固め、すぐに決めました」とも続けた。 

 1980年生まれの〝松坂世代〟。東海大から2002年のドラフト自由枠で巨人へ入団。ルーキーイヤーの03年には38試合に登板し、6勝をマーク。05年にリリーフへ本格的に転向を果たし、チームのセットアッパーとして活躍。11年8月には抑えとして自身初の月間MVPも受賞した。16年にはDeNAに加入。1年で戦力外となるも、17年から楽天に入団。中継ぎの一角としてブルペンを支える時期もあった。今季は5試合に登板し、1勝0敗、防御率13・50だった。

「正直入ったときは全然やれるという安易な考えを持っていた。一年一年思っている以上に厳しいシーズンが増えてきて、あと何年やれるかなって2007、2008年ぐらいに考え始めて、そこから気持ちを切り替えてやって来れたのかなと思う」

 そして「ぶっちゃけて言っていいんですかね」と口にすると、このようにも明かした。

「プロに入った時はずっと練習が嫌いで、いかにラクをするかを考えながら毎日野球をやっていた。結果(当時ジャイアンツで同僚だった)内海(現西武)や山口(鉄也=引退)、可愛がっていた後輩に一瞬にして置いていかれるようなシーズンが続いて、これじゃあダメだと。心を入れ替えて練習をした。落ちていくのは簡単。そこから上がっていくのは難しい。しっかり取り組み方を変えられたのが良かったと思う」 

 そしてジャイアンツの先輩としてさまざまな助言をもらった木村拓也さん(2010年4月にクモ膜下出血で急逝)の名前を挙げ「いろいろな人が心配してくれたり、その中で木村拓也さんが亡くなったこと…。そこは僕の中で大きく気持ちが、モヤモヤしたものが吹っ切れた瞬間だったと思う。いろんなことを相談させてもらって便利屋の生き方、何でもできることの強み、それを考えさせてくれた人だった」と言葉を詰まらせた。

 今後については「しばらくゆっくりさせてもらいます。家族と話して決めたい」とも語った。

 プロ18年で通算成績は通算506試合登板、54勝37敗、37セーブ、113ホールド、676奪三振で防御率3・45。3球団を渡り歩いた不惑のユーティリティー右腕が静かにユニホームを脱いだ。