五十嵐亮太のイケメンな引退あいさつ「野球は終わっても五十嵐は生涯現役」

2020年10月12日 05時15分

五十嵐亮太

【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】出会ったころは、まだ一軍未登板だった。その青年が、のちに日米で23シーズン、905試合の歴史を刻むとは…。今季限りでの現役引退を決めたヤクルト・五十嵐亮太投手(41)。その野球人生に少しでも関われたことは、記者として幸運だった。

 五十嵐との出会いは1999年。若き豪腕は2年目で19歳だった。前年にはファーム日本選手権でMVP。主砲・岩村明憲(現福島レッドホープス球団代表兼監督)とともに、将来の投打の軸として期待されていた。

 折しもこのシーズンは野村監督から若松監督に交代したタイミング。若手起用にも積極的で、五十嵐は4月後半から一軍昇格した。そして20歳の誕生日の前日、5月27日の横浜(現DeNA)戦で救援勝利し、プロ初白星を挙げた。

 その後の関西遠征で20歳とプロ初勝利の祝いとして五十嵐を大阪の街に誘い出した。「これからの時代を担うモテる野球選手」をテーマに、分不相応な高級スコッチをたしなみつつ語り合った。

 まだスマホもない時代だ。「デートで女性にオススメするとモテるカクテルは?」などと検索すらできない。それを6歳ほど年上の私が、ああでもないこうでもないと指南すると「楊枝さんは大学生のころ、相当遊んでたんだろうなあ。今度、それまねしてバーでオーダーしてもいい?」と目を輝かせて聞いてくれた。

 キムタク似と話題となっていたイケメンが、それ以上モテてどうするの…とも思ったが、そんなことより2000年はリリーフで2桁11勝、01年は日本一に貢献する大活躍。五十嵐はキャリアアップし続け、大リーガーとなり、どんどん遠い存在となっていった。

 それでも若手時代と変わらず、球場では嫌な顔ひとつせず取材に応じてくれた。引退決意に際して連絡を入れると「野球は終わっても五十嵐は生涯現役。今後ともよろしくお願いします」と丁寧に返事をくれた。

 いやいや、一時代を築いた大投手です。こちらこそよろしくお願いします。夢をありがとうございました。

☆ようじ・ひでき=1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。