たった1人の野球部員を救った「最強の帰宅部男」の素顔

2015年07月19日 07時00分

最高の笑顔を見せる黒川(左)と高橋

 第97回全国高校野球選手権地方大会が全国各地で開催され、今年も熱い戦いが繰り広げられている。そのなかでも大きな話題となったのが、11日の千葉大会1回戦・小見川戦で2打席連続本塁打を放った、文理開成の黒川英充(3年)だ。黒川は部に所属しておらず、部員が1人しかいない文理開成の試合を成立させるために参加した“助っ人”だった。あまりにもドラマチックな黒川の2本塁打には「最強の帰宅部あらわる!」とネットを中心に騒然。この男はいったい何者なのか。その素顔に迫った。

 房総半島の最南端、海まで約10メートルという場所に文理開成高校はある。

 高校時代、名門遊学館(石川)で甲子園出場経験がある野球部顧問・角田佳昭監督(28)の目にも、黒川の野球センスは際立って映った。

「中学からその活躍ぶりは知っていた。恵まれた体格。体育教師として見ても、何をやらせてもタイミング、リズム感がすごい。天性のものと、幼いころからのトレーニングの成果だと思う」

 地元でその存在は有名だった。3歳上の兄・雄太朗は館山総合が千葉大会ベスト16に残った年のエースで、父も高校野球監督経験者という野球一家。小学2年で野球を始めた黒川もメキメキと頭角を現し、小学4年生以下の大会では3年生ながらピッチャーとキャッチャーを任された。

 中学ではショート、センターを務めたが、3年の年に部員不足で野球部が廃部。高校では再び野球部に入るも、監督の指導方針が合わず、1年で退部。その後に転校した。非凡なものを持っていながら、月日だけが流れた。

 そんな黒川に転機が訪れたのが今年4月。文理開成で声をかけられた。

「いっしょに野球やろうよ」

 文理開成の野球部員はたった1人。主将を務める高橋空聖(ひろき=3年)は中学時代に不登校になり“高校では自分を変えよう”と思い野球部に入部した。当時の部員は先輩が11人で同期はゼロ。その先輩も次々と卒業し、3年生となった今年、ついに部員は高橋1人になった。

 角田監督は当時の高橋をこう語る。

「まあ、正直辞めちゃうんだろうなって思ってました。経験もないし、技術的にも難しいのは明らかだった」

 しかし高橋は違った。

「ずっと野球が好きだった。辞めようと思ったことは一度もない」

 人数が足りず、試合の時だけ友人に頼み込んで来てもらった。球場を借りられず、学校裏の空き地を整備して練習した。真面目で寡黙な高橋の頑張りに、徐々に“友人”は“仲間”になった。

 そして今年春、5人目の仲間に黒川が加わる。

「うれしかった。高校野球をやりたいって思いはずっとあったから。空聖が誘ってくれなきゃ、あのまま終わってました」

 中学時代、部員不足で廃部を経験した黒川だけに、同じ状況の高橋の力になりたかった。

 まったくタイプの異なる、交わることのなかった2人。どうにか人数が揃い、そして迎えた最後の夏。

 高橋が初ヒットを打ち、先発・上田が2回まで相手打線を抑えるも、3回に無死満塁のピンチ。マウンドには黒川が立った。

「みんなから“お前ならできるよ”と送り出されました。それであれですけど(笑い)」

 この回16失点。それでも「あきらめず、やり返してやろう」と2打席連続の本塁打を放った。

 試合は5―19の5回コールド負けに終わったが、最後に意地を見せた黒川は「大差で負けてしまったけど、自分的には2本打てたし、何より楽しく野球ができた。本当にすっきりした」と語る。

 一方、怪物を“スカウト”した高橋は「最初は知らなかったんですよ。体育が得意だなと思っただけで。こんな楽しい試合ができて、黒川くんに感謝です」

 さて、気になる黒川の今後だが「就職して、社会人で(野球を)続けようと思ってます。スカウト? あったらいいですけどね」。高橋は薬剤師になるために大学進学を目指すという。

 まるでドラマのように終わった文理開成の夏。こうなると映画化の話も出てきそうだが…。

「絶対ないよ。ああ、これで勝ってたらなあ!」

 潮風に吹かれ、角田監督は笑った。