伝説の舞台の裏側は――。東京・新宿の京王プラザホテルで開催中の「格闘技世界一決定戦50周年記念アントニオ猪木 vs モハメド・アリメモリアル展」が連日盛況だ。

 1976年6月26日に日本武道館で行われたプロレス世界王者とボクシング世界ヘビー級王者の〝究極の真剣勝負〟は、50年がたっても色あせていない。その舞台として忘れてはならないのは京王プラザホテルだ。アリは日本滞在中の12日間、同ホテル41階スイートルームに宿泊し調印式も行われた。猪木アリ展にも海外からの宿泊客が訪れ、写真を撮影するなど関心を集めているという。

サインするアリ(左)を小川眞澄氏(右)が警護(1976年)
サインするアリ(左)を小川眞澄氏(右)が警護(1976年)

 同ホテルでアリの身辺警護を担当した小川眞澄氏(74)によると、当時もファンが殺到。世界的スーパースターを撮ろうと報道陣も詰めかけていたが、小川氏はカメラマンからアリをガードする際に接触し「前歯を全部折りました。カメラをやたら向けるんで当たるじゃないですか、もともと差し歯だったんですが、ぽろぽろと前歯が落ちちゃったんです。報道陣がたくさんいて本当にすごかった」と、当時の異様な状況を明かす。

 調印式の際には、乱闘寸前になった猪木とアリに割って入り、アリの体を後ろから抱えて引き離した。小川氏は「その瞬間を見ていたのが舟橋さんでした」。警備員が暴れるボクシング王者を制止する場面を目撃していたのは、猪木さんの代名詞だった「燃える闘魂」の名付け親で、〝世紀の一戦〟を実況した元NET・テレビ朝日アナウンサーの舟橋慶一氏(88)だった。小川氏は後年、舟橋氏と再会した際に「あの時の人、あなただったのか」と告げられた。それ以来、舟橋氏が主宰する「伝承の会」に協力。同会は定期的に開催され、貴重な闘魂伝説を語り継いでいる。

 試合後のアリは、スタッフに両脇を抱えられ、ボロボロの状態でホテルに帰って来た。猪木が放ったローキックのすさまじさを、小川氏の同僚だった警備員も目撃していた。同ホテルも「歴史的舞台」だった。