プロレス王者のアントニオ猪木とボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリが、「格闘技世界一決定戦」として東京・日本武道館で戦ってから、26日でちょうど50年がたった。全世界注目の〝今世紀最大のスーパーファイト〟は3分15ラウンドを戦って引き分け。一方で「世紀の凡戦」と酷評を浴びた。猪木は当時、どう感じていたのか。決戦翌日に東京スポーツ記者で試合中継の解説を務めた桜井康雄氏(故人)が、東京・代官山の自宅を訪れ直撃インタビュー。最も信頼を寄せていた記者に語った胸のうちを、一部抜粋して再録する。

 ――さて戦い明けてアリ戦の感想はどうです。はっきりいって巷間では面白くなかったという声が多いようですが、改めて試合をふりかえってみて、猪木さん自身はどうですか?

 猪木 うーん、まあ新聞は、けさ、いろいろ読ませてもらいました。みなさん、それぞれの見方をしておられる…だが、はっきりいえることは、わたしも死力を尽くしたし、アリも死に物狂いだった。この試合がいかに真剣に戦われたものであったかということはアリとわたしと二人だけが一番よく知っている。アリを蹴っていてわたし自身、確かにヒットしていた手応えというか足応えがあった。アリにはわたしの蹴りが効いていた…朝、わたしの足の甲やスネにこんなにアザができていた。

(そういって猪木はズボンをまくり上げてみせる。確かに猪木の右足首のあたりはすごいアザになって内出血したようになっている)

 わたしの足がこれほどなんだから、アリの左足は相当ダメージを受けているはずだ。その意味ではわたしがアリに対して行ったローキック戦法は正しかったし、いまでも、あれ以外の最良の攻撃法はないと信じている。結果論的にいえば何でもいえる。わたしはわたしの戦い方はあれで正しかった…悔いはないと思っている。残念だったのは、あの戦法でアリを倒せなかったことだ。

 プロフェッショナルである以上、面白い試合をやってファンにサービスするのは当然だが、はっきりいってモハメド・アリというのは、やっぱりすごいヤツだ…こっちは死に物狂いで、そのすごいヤツにぶつかっている。闘志の出しおしみは絶対にしていない…。精一杯、戦った。それが面白かったか面白くなかったかというのは、みなさんの判断、見方による。ショービジネスではなくスポーツの試合なんだから、精一杯、死力を尽くして戦って面白くなかったといわれてれも仕方がない。

 実際、猪木は「足応え」でアリの脚が内出血していたのが、わかったという。試合後のアリは満足に歩けず、宿泊先の京王プラザホテルでは関係者によって肩を担がれ部屋に戻ったことが目撃されている。試合翌日から韓国、フィリピンを経由し米国に戻り、自伝映画の打ち合わせのためロサンゼルスに到着したが、映画監督との対談中に突然激痛に襲われ歩けなくなった。救急車でサンタモニカの病院に運ばれると、左脚は筋肉、血管の損傷と血栓症の重症で緊急入院を余儀なくされた。この逸話は、いかに「アリキック」の威力がすさまじかったかを物語る。

 続けて「わたしは試合前に、はっきりお断りしているはずだ。この試合を茶番だとかショーだとか中傷する人がいたが、この試合をショーだと思う人は見にきていただかなくていい、とね。わたしは…プロレスはショーではなく真剣なものだということをわかってもらうために、この試合をやった。アリを倒すことは私の力不足でできなかったが、あの手かせ足かせはめられたような厳しいルールの中で、わたしは精一杯やったという自負は持っている」と断言する。では極めて不利なルールを受け入れてまで、なぜ試合を強行したのか。

 猪木 キングオブキングスと呼ばれるアリを日本のリングに引っ張り出して、いままで誰もやったことのなかったレスラーとのファイトをさせる…そこにわたしのロマンがあった。結果からみると、わたしとわたしの陣営には甘いところがあった。アリ側…とくにアリの参謀たちは大変なビッグビジネスマンだ。試合前の駆け引きでは、はっきりいって、こっちの負けだった。ドタン場まで「試合をやめて帰国してもいいぞ」という伝家の宝刀をちらつかされて、こっちも無理なルールをのまざるをえなかった。
 わたしが、何としてもこの試合をやりたい、どんなルールでもアリをリングにさえ引っ張り出してしまえば倒せると思ったのが、あのルールをのんだ原因。しかし、アリはわたしが想像していた以上に根性のある強者だった。あれほどダメージを受けながら絶対に痛みを顔に出さず、倒れずに戦い続けた。わたしは、さすがにアリだと思った。と同時に、これほどの男とあのルールで勝てると思った自分の甘さを反省した。世界には強い男がいるものだ…。

 猪木は2022年10月、アリは16年6月に死去。当事者たちがいない50年たった今だからこそ、猪木の言葉には一語一語に含蓄がある。
      (敬省略)