いよいよ一つの時代の幕が下りる。新日本プロレス4日東京ドーム大会でオカダ・カズチカ(38=AEW)との引退試合に臨む棚橋弘至(49)が、最後の戦いに秘める思いを明かした。1999年10月のデビューから約26年、団体を暗黒時代から立て直し、現在は代表取締役社長も務める「100年に一人の逸材」。悲願だった超満員の東京ドームで、偉大なキャリアに終止符を打つ棚橋の胸中は――。

 すでに大会のチケットは完売し、長年夢見ていた超満員の光景が実現する。3日の前日会見で棚橋は「本当にいろいろあった26年間でしたが、皆さんからたくさんの応援、声援いただきました。明日は最後なんで、ヒザがどうなろうと、ハイフライフロー100連発いきますか!ぐらいの意気込みで。最後、棚橋弘至の全力をお見せします」と力を込めた。

 団体人気をV字回復させた後も、コロナ禍で再び苦しい時代を味わった。それでもどんな逆境にもめげず、信条とする全力ファイトを繰り広げてきた。その積み重ねで、夢だった景色にたどり着いた。「新日本プロレスの超満員のドーム、僕2回会場で見てるんですよ。1995年10・9のUインターとの対抗戦と、(アントニオ)猪木さんの引退試合(98年4月4日)。ドームが割れるんじゃないかという地響きのような大歓声で、その光景を夢見てやってきて。26年やって最後のドームで満員にできたっていうのは、僕の誇りです」と胸を張った。

 リングの外でも献身的なファンサービスで、新規のファン層を開拓していった。「皆さんの記憶の中に残りたいかな。10・9とか、猪木さんの引退試合と出たように、あの時のドーム、棚橋の引退試合のドームはすごかったねって、何年たっても思い出してもらえるような大会にします」。プロレス史に新たな伝説の一日を刻んで、100年に一人の逸材はセルリアンブルーのマットを去る。

アントニオ猪木さんの引退試合も超満員の観客でドームは膨れ上がった(1998年)
アントニオ猪木さんの引退試合も超満員の観客でドームは膨れ上がった(1998年)

 そしてその思いは未来へと受け継がれる。会見後に取材に応じた棚橋は「『棚橋が最後だし』って言って、懐かしんで来てくれる方が多くいると思うんです。そういったブランクの空いたファンの方に、今トップを張ってる20代、30代の選手を見てもらうことが今年のドームの裏テーマなんです。そこで『良い選手いるじゃん』ってなるじゃないですか。その広がりを期待してます。棚橋は死して爪痕を残すんです…死なないけど」と柔和な笑みを浮かべた。

「もうやりたくてもできないんですから。やりたいこと全部やりますよ」。ラストマッチでの完全燃焼を誓った棚橋は、ファイナルロードでの再会がかなわなかった終生のライバル・中邑真輔、昨年5月に退団した内藤哲也への思いも胸にドームのリングに立つ。

「内藤なんて東京ドームにいる気がするんですけどね。中邑とも日本に来た時にいろいろしゃべって『最後やりたいね』って話をしてたんですけど、まあいろいろあるから…」と振り返る。

 そして「中邑もずっとライバルだったし、内藤も棚橋を好きになって新日本に入ってくれたので。『俺の見る目は間違ってなかったな』って思わせたいですね。『棚橋のライバルで良かった』『棚橋に憧れて良かった』と思ってもらいたいし、ファンの皆さまには『棚橋を応援してきて良かった』と思ってもらって、全部ハッピーエンドにしたいです」とキッパリ。プロレスにすべてを捧げ続けてきた棚橋の愛は、永遠に不滅だ。