【プロレス蔵出写真館】〝地獄の墓掘人〟ローラン・ボックが12月19日に死去した(享年81)。9月に自伝「ローラン・ボック 欧州最強プロレスラー、人生の軌跡」が著され、クラウドファンディングで募った400万円で翻訳本も出版された。

 47年も前の試合、1978年(昭和53年)11月25日に西ドイツ(当時)・シュツットガルト・キーレスバーグで行われたアントニオ猪木戦が〝シュツットガルトの惨劇〟として、オールドファンの脳裏にはいまだに残っている。

 ボックが猪木を招いた「イノキ・ヨーロッパ・ツアー1978」は11月7日の西ドイツ・ラーフェンスブルク大会から29日のオーストリア・リンツ大会まで21戦(エキシビションを含めると22戦)が開催された。

 プロレスライターの流智美さんは「2010年にDVDを制作したときに猪木さんに話を聞きました。第1戦のウィリエム・ルスカ戦で延髄斬りを放って着地した際、硬いマットでヒザを痛めた。第2戦のボックとの初対決で、フルネルソンバスターでマットに叩きつけられ、左肩を亜脱臼。満身創痍でボック戦に臨んだ」と語る。

 ところで、95年(平成7年)10月、UWFインターナショナルの最強外国人レスラー、ゲーリー・オブライトがスティーブ・ウィリアムスの誘いを受けて全日本プロレスに戦場を移した。得意技の高速フルネルソンスープレックス(ドラゴンスープレックス)は〝殺人スープレックス〟と恐れられ、エースの高田延彦を始め、対戦相手はことごとくKOされた。

 10月11日、広島大会でオブライトはジョニー・エース&パトリオットとタッグを結成し、川田利明&田上明&菊地毅組と6人タッグマッチで激突。菊地をアバランシュホールドで圧殺してから、両腕をガッチリとロックすると高速のダブルアームスープレックス一閃。全日マットで初のピンフォールを奪ってみせた。

 試合後、セコンドでこの試合を見守った渕正信の口から唐突に〝まさか〟の名前が飛び出した。「ローラン・ボックを思い出したよ」

 渕に真意を聞いた。「ローラン・ボックの名前はある程度、神聖化していた感じがあったよね。最強レスラーうんぬんの話はあったから。プロとしては下手でもね」と笑い、驚きの事実を明かした。

「(ジャンボ)鶴田さんと一緒に猪木VSボック戦を見たよ」。西ドイツの試合を見たという。

 渕は「(ビル)ロビンソンに『ローラン・ボックってどうだ?』って聞いたことがあった。ロビンソンは『まるっきりアマチュアだ。ヨーロッパチャンピオン? いやチャンピオンじゃないよ』って言ってた」と回顧。

 猪木が欧州ツアーを終えたころ、全日プロでは世界最強タッグ決定リーグ戦が開幕した。ロビンソンはワイルド・アンガスとのコンビでヨーロッパ代表として出場していて、渕はこのシリーズ中に聞いたと振り返る。

 渕は「砧の道場で、たまたまテレビを見てた(※猪木VSボック戦は12月29日に、テレビ朝日系「ワールドプロレスリング」で録画放送された)。鶴田さんは『これはプロレスラーじゃないな』と言ってたな。ロビンソンが『あいつはアマチュアだ』って言ったのがよくわかったよ。鶴田さんと『猪木さんだからあそこまで受けたのかな』って話してた。『猪木さんも大変だな』って言いながら…。受け身のうまい猪木さんでも結構、大変だったと思うよ。後遺症とか残ったんじゃないのかな」と明かす。

 さらに「試合自体は面白くなかったよ。オレが『鶴田さんならどういうやり方しますか?』って聞いたら、苦笑いして『いやぁやりたくないよ。やることはないだろうけど』って言ってた。そういえばオレ、(スタン)ハンセンにも聞いたことあったな。『(ボックと)1回タッグ組んだことあるけど、どうだった?』って。ハンセンは『easy』って言ってたよ」と笑う。

「そういえば、ロビンソンが『ディートリッヒはすごい。彼と比べたら、ボックは全然下の方だよ』と言ってたな。猪木さんはディートリッヒともやったんだろ?」(渕)

 ウィルフレッド・ディートリッヒは、56年のメルボルン五輪グレコローマン・ヘビー級で銀メダルを獲得。60年ローマ五輪フリーで金、グレコで銀、64年東京五輪グレコで銅、68年メキシコ五輪フリーヘビー級で銅。72年のミュンヘン五輪はメダルには届かなかったものの、グレコで米国代表のクリス・テイラーの198キロの巨体をフロントスープレックスで投げて世界を驚かせた。

 猪木とは2度対戦して、初戦がディートリッヒのプロレスデビュー戦だった。試合は猪木が4R2分20秒、腕固めで勝利した。

 2戦目はディートリッヒの地元、西ドイツ・ルートヴィヒスハーフェンで実現。記録は4R2分51秒、両者リングアウトの引き分けに終わっている(東スポ報道)が、猪木をスープレックスで投げまくり圧倒したという。

場外乱闘で猪木(下)を圧倒するディートリッヒ(1978年11月、西ドイツ・ルートヴィヒスハーフェン)
場外乱闘で猪木(下)を圧倒するディートリッヒ(1978年11月、西ドイツ・ルートヴィヒスハーフェン)

 猪木はツアー後、「ボック、ディートリッヒが強かった」と語っていたが、晩年、強かった相手ベスト5にカール・ゴッチ、ビル・ロビンソン、アンドレ・ザ・ジャイアント、ゴリラ・モンスーン、そしてディートリッヒの名を挙げていた。

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