阪神やオリックスでヘッドコーチを務め「日本一の三塁コーチ」とも呼ばれた高代延博さんが9日、がんのため71歳で亡くなった。東京スポーツでは、高代さんが侍ジャパンのコーチとして参加した第3回WBC(2013年3月開催)の大会前後に「日の丸を背負って」「続・日の丸を背負って」の2つの連載を掲載。濃密な取材の日々をともに過ごした当時の本紙担当者が、高代さんの飾らぬ素顔と胸に刻まれた思い出を悼む。

【悼む】高代さんが亡くなった――。その知らせを聞いた瞬間、胸の奥がズンと重く沈んだ。まさか、あの「体だけは気を付けろよ」といつも言ってくれた高代さんが…。本当に信じたくなかった。

 高代さんと初めて会ったのは、2013年の第3回WBCの連載「日の丸を背負って」と「続・日の丸を背負って」の取材をお願いした時だった。侍ジャパンのコーチとして大会の裏側を語ってもらい、しかも実名でそれぞれのタイトルに登場するという本格連載。かなりむちゃな要望で何の面識もなかったにもかかわらず、高代さんは「面白いじゃないか」と笑って応えてくれた。

 そこから吉祥寺の地下の和食屋が〝定例会場〟になった。よく飲み、よく食べ、よく笑った。今なら絶対紙面に載せられないギリギリ話も、山ほど聞かせてくれた。

 忘れられないのが、同年3月8日に東京ドームで行われたあのWBC台湾戦。三塁コーチャー・高代さんの「伝説」だ。

 全速力で三塁を回る糸井嘉男を止めるため、高代さんは突っ伏して倒れ込みながらストップをかけた。糸井の〝暴走〟に負けないように、相手を気づかせようと必死のオーバーアクションを試みた。大会後に「あれは滑稽でしたね」と取材の席でつい口にすると、高代さんはすぐさま「バカ! 俺は本気だったんだぞ!」と一喝。その後で「糸井が全くこっちを見ないんだよ。俺は背が小さいし、とっさに体を投げ出すしかなかったんだ」と、あの時のジェスチャーも交えて再現しながら、熱弁してくれた。今でも鮮明に浮かぶ光景だ。

 大会では惜しくも3連覇を逃した。「応援してくれた国民に申し訳ない」と何度もこぼしていたが、本音はもっと深かった。「日の丸を背負うってのは、背負った人間じゃないと分からん。あれは眠れなくなるぐらいの重圧なんだよ」。その言葉は、今も胸に刺さったままだ。

 連載を続けていた頃、私が健康のことで少し控えめに飲んでいた時があった。そのとき高代さんは必ずこう言った。

「大丈夫か? 体だけは気を付けろよ」

 その後、高代さんが阪神の一軍コーチになり、久々にグラウンドで会ったときも同じだった。おなかにポンと軽く拳を当て「元気か? 体は気を付けろよ」。それは、もう〝合言葉〟みたいになっていた。

 19年に二軍チーフコーチへ転属されてからは会う機会がなく、そのまま時間が過ぎてしまった。まさか、その高代さん自身が闘病していたとは…。誰にも弱みを見せないあの人らしいと言えばそうなのかもしれないが、悔しくてたまらない。

 高代さん――あの時の言葉、今でも覚えています。そして、あなたの豪快さと繊細さの入り交じったコーチング、あの吉祥寺の夜のすべてを忘れません。どうか安らかに。合掌――。

(運動一部部長・三島俊夫)