MLB2年目にして昨年のワールド・シリーズではMVPを獲得し、今や世界一球団ロサンゼルス・ドジャースのエースに君臨するまでになった山本由伸。WBCを共に戦った侍ジャパンの投手コーチ・能見篤史が「僕にはなかった」と評したマウンドでの姿とは――。阪神のかつてのエースでオリックス時代の先輩でもある左腕の証言から、世界最強右腕の原点と非凡さに迫る。

※新刊「証言 山本由伸」(宝島社)より一部抜粋・再構成しています。

 

【購入する】 証言 山本由伸 (単行本)

努力のうえの〝楽しそう〟だから人の心を動かす

「あの投げ方はいずれ故障しそうやなぁ」

 2018年シーズン。当時はまだ阪神でプレーしていたベテラン左腕・能見篤史は、のちに同僚となるオリックスの若き右腕・山本由伸に、そんな感想を抱いたという。

 長く先発として活躍してきた能見が本格的にリリーフへと転向したのは、同年6月から7月にかけて。山本がパ・リーグ歴代3位の15試合連続ホールドを記録していたまさにそのときだ。立場は同じセットアッパー。それだけに、なおさらその危うさが気になった。

「かなり登板数も重ねていましたし、フォームもあまり見たことのないタイプで〝腕をしならせる〟というイメージからは遠かった。すごい球を投げていたからなおさら、見た目の印象ってところでそう感じたんです。もちろん、それが理に適った動作であるというのも、今はわかっていますけどね。オリックスに移籍してからは、彼がいかに考えてそれを行動に移し、さらに試して積み上げてきたかを間近で見てきましたから」

 21年シーズン。阪神から「構想外」を告げられた能見は、同じ関西のオリックスを新天地として、心機一転を図っていた。肩書は、投手兼1軍投手コーチ。自身も現役のリリーフ投手でありながら、コーチとしてもブルペンを支える重責だった。

侍ジャパンの一員としてWBCを戦った能見コーチと山本由伸
侍ジャパンの一員としてWBCを戦った能見コーチと山本由伸

「由伸に関しては、まず驚いたのがブルペンでの変わらなさ。とりわけ試合前のブルペンは、見守るコーチもその日の先発投手に気を遣うから、ブルペン全体がシーンと張りつめるものなんです。なのに、彼にはそういうピリッとした緊張感が全然なくて。たとえ周囲に話し声があっても気にする素振りもなく、『今の曲がりはどうでしたか?強いですか、弱いですか?』みたいなコミュニケーションを1球ごとに取りながら、飄々としてやっている。それは本当にすごいなと、素直に感心しましたね」

 むろん、いくら山本がすごいといっても、調子の良し悪しは必ずある。ストレートがそこまで走らない日もあれば、スプリットの落ちがいまひとつなこともあったろう。

 だが、表面上では常に一定。気持ちの揺らぎはまったくない。それは球数が増えて疲労も溜まる試合の終盤、どんな局面でも変わることはなかったという。

「たとえば、味方の誰かが集中力を欠いてタイムリーエラーになったとしても、その選手に自分からさりげなく声をかけに行くのが、由伸なんですよね。取れたはずのアウトが取れなかったうえに、球数は増えるし、ピンチも広がる。同じ先発でも背負っているものが他とは違う彼のような立場なら、なおさら落胆も大きいはずなんですけど、感情の起伏をそこでは出さない。ひと言で言えば〝楽しんでいる〟ようにさえ見えるんです。あの精神力の強さは、先発をやっていた頃にも、ちょっと僕にはなかったですね」

 とはいえ、現役時代の能見も、感情をいっさい排したポーカーフェイスでつとに知られた投手の一人。オリックス移籍後に、抑えてガッツポーズをしただけで、「あの能見さんが!」と阪神ファンをザワつかせたほど、そのポリシーは一貫していた。

2022年、オリックス時代の山本由伸と能見投手兼任コーチ
2022年、オリックス時代の山本由伸と能見投手兼任コーチ

「僕の場合は、意識してそうしていただけ。内心ではめちゃくちゃイライラしていることも、半ば〝もう無理〟と諦めの境地だったりすることもある。感情こそ表には出しませんでしたが、だからって端からも楽しんでいるように見えてはなかった。さすがにシモさん(下柳剛)みたいにマウンドで爆発することはなかったですけど、僕もベンチに戻ったときにグラブを投げつけたことは、一度だけですがありましたしね」

 決して安くない年俸をもらう以上、野球は仕事。能見自身も「楽しみたい」とは思いながらも、プロに入って野球が楽しいと思ったことは一度たりともなかったという。

「そんなん小学生までですよ(笑)。職業になってお金が発生すれば、そこには当然責任も生じますし、考え方も〝野球=仕事〟へとシフトする。野球が好きっていう根っこの部分は変わらないにしても、それを〝楽しもう〟という気持ちには、なかなかなれるものじゃないですよね。ただまぁ、一つ言えるとすれば、由伸や大谷(翔平)選手らも、陰では誰より努力しているということ。そのうえでの〝楽しそう〟だからこそ、見ている側の心を動かし、人を幸せな気持ちにもできるんだと思います。昭和のスター選手にはわりとありがちだった居丈高な雰囲気も、彼らには微塵もないですしね」

次ページを読む 「あれに〝合う〟のは由伸だけ」