【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「もう大抵のことは見てきたと思っていた。長く野球を取材してきて、驚くことなんてそう残っていないはずだった。でも、彼がクラブハウスに現れた瞬間、全ての常識が覆された。服装、座り方、インタビューの受け方まで、今まで見たことのないものだった。そしてフィールドに立てば、バットコントロール、守備、準備の仕方…。床でストレッチするってどういうこと?と最初から驚きの連続だった」
これは1997年からマリナーズのラジオ番組でリポーターを務めるシャノン・ドレイヤーさんの言葉だ。誰の話か、もうお分かりだろうか。
「僕にとって最も印象的なのは、イチローがキャリアを通して自分らしさや日課、プロセスを一切崩さなかったこと。他の誰も彼と同じことはやっていなかった。トレーニング方法も使うマシンもストレッチも違う。でも、アメリカ式に合わせることなく、とても頑固で自分に自信を持っていた」
そう語ったのは、2000年からシャノンさんとともにマリナーズの番組で司会を務めるブラッド・アダム氏だ。「『これこそが自分を日本で成功させたもの。自分たらしめるもの。他と違う存在にしてくれるもの』と。多くの人が彼にあれこれ違うことをやらせようとしたけど、彼は『ノー』と言い続け、その信念は一度も揺らぐことがなかった。そして、彼は100%正しかった。彼が彼のままでいてくれたことが、本当に良かったと思うよ」。
そんな「彼らが見てきたイチローさん」のエピソードは実に面白く、胸に込み上げてくるものもあった。多種多様な文化と人種が集まる米国で、ここまでインパクトを残せる日本人はそう多くはいないと思う。
ブラッド氏は「ルーティーンが分単位で決まっていた。毎日同じ椅子に同じ時間に座り、同じものを食べる。練習もトレーニングも全て同じ時間にやる。そんな人はいなかったから、彼がこちらに来た時、彼がアメリカを学ぶと同時に、周りの選手やメディアもイチローという存在や流儀を学ぶ必要があった」と振り返り「言葉の壁もあったし、誰とも違うから、それなりに時間を要したよ。さらにインタビューをすると、彼がどれほど思慮深く、質問に真剣に答えようとしているかが分かってくる。僕らの仕事に対する感謝や敬意も感じられたから、僕らもそんな彼に感謝したし、話すのがとても楽しい選手だった」と言う。
シャノンさんも「彼は本当に誠実で、自分がやっていることを正しく理解してほしいという思いが強かった」と続けた。「通訳を介する難しさもたくさんあったけど、彼はそのことも分かっていた。だから、インタビューが終わって席に戻って記事を書こうとしていると、通訳がきて『イチローが、ここをきちんと理解してくれたか確認したい』って言われたことが何度もあるもの」。そして、野球選手にありがちな決まり文句を言われたことは「1度もない」と口をそろえた。
「僕はファッションについての特集をしたことがあって、スイートルームで語りながら30分の番組を作ったんだけど、前夜に質問リストが欲しいと。事前に翻訳して、何を言うかしっかり考えられるからって。だからその場しのぎの答えは一つもなく、ファッションの理由や選んだ背景まで丁寧に話してくれてとても楽しい番組になったんだ」
「彼が真剣だからこそ、彼の言葉の扱いには細心の注意を払う責任があると感じていた。彼の言葉の多くにはメッセージや教訓が込められているのもすごく印象的だった。いいインタビューというのは他にもあるけど、自分が発する言葉をこんなに大事する人は初めてだった」
ここでシャノンさんが思い出したのは、イチロー氏にまつわるピンチになりかけた出来事だった。












