【昭和~平成スター列伝】ノア20日の後楽園大会でKENTAが、GHCヘビー級王者・拳王を撃破して第48代王者に輝いた。2014年7月にWWEへ移籍して、19年7月からは新日本プロレスで活躍。今年2月から約11年ぶりにノア復帰を果たし、今回の戴冠は14年1月以来となった。

 勝利後に、さっそく挑戦を表明したのが天才・丸藤正道だった。「俺が25年このリングに居続ける理由の一つがお前だ」と迫られたKENTAはこれを快諾。ノア史上でも多くの名勝負を生んだ「マルケン」の王座戦が決定的となった。

 2人はジュニア時代に数多くの名勝負を生み出したが、06年10月29日の日本武道館では史上初めてジュニア選手同士のGHCヘビー級選手権が実現している。当時、丸藤はヘビー級に挑んだばかりで、06年9月9日武道館で秋山準を完璧首固めで仕留めて同王座初戴冠。2度目の防衛戦にKENTAを指名し、運命の対決が実現した。

KENTAはトップロープから豪快なフットスタンプを決める
KENTAはトップロープから豪快なフットスタンプを決める
勝負を決めた丸藤のフィッシャーマンズドライバー(ポールシフト)
勝負を決めた丸藤のフィッシャーマンズドライバー(ポールシフト)

「聖地が揺れた。10分過ぎに最初の波がやってきた。場外のKENTAに丸藤はトップロープからケブラーダを発射。見事にKENTAのみけんにヒットし、大流血させた。だが自らのノド元が鉄柵に直撃。首を大ケガしたと思われるほどのアクシデントで、動きが急に鈍くなった。2発、3発と繰り出した不知火も不発に終わる。誰もが諦めた30分過ぎ、この日5度目の不知火を成功させ、ようやく流れを変えた。KENTAの雪崩式猛虎原爆、ゴー2スリープを耐え抜くと、トップロープから不知火・改をサク裂。すかさずリストクラッチ式フィッシャーマンズドライバー(後のポールシフト)で叩き落とした。これが対ヘビー級に開発していた新技だった。丸藤は天才児らしく予告通りの殺人技で宿敵を二度と起き上がらせなかった。両雄の死力を尽くした攻防に1万5000人の観衆は鳥肌を立てていた。今年のベストバウト候補に挙げられている前回の一騎打ち(1・22武道館)をはるかに超える、まさに歴史的な大死闘だった」(抜粋)

 掛け値なしの名勝負であり、四天王プロレスにジュニアのスピードを加えた新たなスタイルも生み出した。結局この試合は東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」年間最高試合賞を受賞した。その後、丸藤はヘビー級の道を歩み、KENTAも12年から本格的にヘビー級に転向。13年1月にはGHCヘビー級王座を奪取して、実に9回の防衛を記録した。

 その後はお互いに違う道を歩んだが、丸藤は「お前がいるから俺はこのリングにいる」という言葉は間違いなく本音だろう。

 かつて激闘を展開した2人の再会により新たな夢が始まりそうだ。
 (敬称略)