2025年6月3日に亡くなった長嶋茂雄氏を偲び、同氏の第2次巨人監督時代を振り返った連載「ハダカの長嶋巨人」。常に話題の中心にいた「ミスター」を取り巻く人たちを含めた群像劇を、当時の東スポ巨人担当記者がつづります。
【ハダカの長嶋巨人#34・川相昌弘の巻】
例年1月に発表される野球殿堂入り。個人的に疑問に思っているのが、川相さんがなかなか選ばれないことだ。競技者表彰としては来年が最後のチャンスとなっている。
川相さんはいうまでもなく犠打の世界記録保持者で、ギネスにも認定されている。私も毎年のように投票しているのだが、どうにも票数が伸びない。地味なのか、人気がないのか…。こればかりは理由が分からない。
確かに川相さんは職人気質で、あまり記者を寄せつけないようなところはあった。選手仲間ともなれ合うようなことをせず、時には球団に対する苦言も口にした。そんな川相さんだからこそ、私は取材で聞きにくいこともずいぶん聞きに行ったし、怒られながらもいろいろなことを教わった。なかでも印象に残っているのは「オレは誰にも頼らずにやってきた。個人事業主のプロならそうあるべき」という言葉。それがこの世界で生き残るため、バントと守備を徹底的に磨いてレギュラーを勝ち取った川相さんのプライドだった。
だが、晩年はずいぶん丸くなり「教えません。プロなら盗みなさい」というスタンスが変化していった。あれは1999年の自主トレのこと。川相さんの「最近はアイツ頑張ってるなあとか、そういう方向へ目が向いてきた。そういうヤツを見ていると教えてやりたくなるし、逆にどんどん聞きにきてほしいんだよ」との言葉に驚いたことを覚えている。そのあたりが「指導者・川相」としての分岐点だったように思う。
とはいえ、とっつきにくいイメージの川相さんでも、ミーティングなどの緊迫した場面にもかかわらず「ブーッ」と屁をかまし、チーム内を爆笑の渦に陥れることもしばしばだった。若手からは「川相さんと言えばオナラ」と認識されていた。
現在は二軍野手総合コーチ。若手選手は怖がらずに懐に飛び込めば、才能の伸ばし方やプロ意識、何より巨人魂など、たくさんのことを教えてくれるはず。今後はどんどんイキのいい若手を一軍に送り込んでもらって、指導者としての評価も高まれば…。エキスパート表彰での殿堂入りなんてこともあるかもしれない。
そんな川相さんには、やっぱり私情を抜きにしても、もっと票が集まってもおかしくないはずと思うのですが…。皆さんそう思いませんか?













